新聞にも、教科書にも、発表の資料にも、写真がのっています。写真は「見たままが写っている」と思われがちですが、じつは一まいの写真は、ぜんぶを写せません。近くから大きく写すアップか、遠くから広く写すルーズか。写す人はかならずどちらかをえらんでいて、えらんだしゅんかんに、写らないものが決まります。「アップとルーズで伝える」の単元です。
運動会のつな引きを、2人が同時にカメラで写したとします。
1人目は、つなを引く友だちのすぐ近くまで寄って、顔を大きく写しました。これがアップです。写真には、くいしばった歯、にぎりしめた手、おでこの汗まで写ります。見た人は「この子は本気だ」と一目で分かります。
2人目は、校庭のはしまで下がって、校庭ぜんたいを写しました。これがルーズです。写真には、つなの両側で引き合う2つのチーム、まわりをかこむ応えん席、空の天気まで写ります。見た人は「大きな運動会だ、白組がおされているな」と分かります。
同じ場所で、同じしゅんかんに写したのに、2まいはまるでちがう写真になりました。どちらが正しい写真なのでしょうか。じつはこの質問が、もうまちがっています。2まいは伝えることの分担がちがうだけで、どちらも正しいのです。
「ルーズにも一人一人は写っているのだから、ルーズのほうがとくでは?」と思うかもしれません。ここは算数で確かめられます。
校庭のはばを45m(=4500cm)、プリントにのせる写真のはばを15cmとします。ルーズの写真は、校庭のはば4500cmを、15cmの中におしこんでいます。つまり、どれだけちぢめているかというと ──
300分の1です。では、友だちの顔(はばおよそ18cm)は、この写真の中で何cmになるでしょうか。
0.6mm。シャープペンの芯(0.5mm)と、ほとんど同じ太さです。つまりルーズの写真の中で、一人一人の顔は芯の先でちょんと打った点になっています。写ってはいるけれど、だれなのかも、どんな顔つきなのかも、もう読み取れません。「写っている」と「伝わる」は、べつのことなのです。
それならアップが上かというと、今度はぎゃくの代金をはらうことになります。
アップで顔を大きく写すとき、写真のわくに入る実物のはばは、顔とそのまわりで、およそ20cmしかありません。校庭のはばは4500cmでしたから、写真の外に出てしまう校庭は ──
44m80cm。もう一方のチームが引き返しているのか、応えん席が盛り上がっているのか、雨がふりそうなのか ── そうしたことはぜんぶ、この44m80cmの中にあって、写真には写っていません。アップは細かい部分とひきかえに、まわりの様子をまるごと写真の外に出しているのです。
ここまでを表にすると、アップとルーズがきれいな対比になっていることが見えてきます。
| うつし方 | 伝わるもの | 写真の外に出るもの |
|---|---|---|
| アップ(近くから大きく) | 細かい部分(顔つき・汗・手の力) | まわりの様子(人数・広さ・天気) |
| ルーズ(遠くから広く) | 全体の様子(人数・広さ・天気) | 細かい部分(顔は0.6mmの点) |
表の右の2つの列は、ちょうどたすきがけになっています。アップが伝えるものを、ルーズは写真の外に出す。ルーズが伝えるものを、アップは写真の外に出す。つまり写真とは、何かを写すために、何かを写真の外に出す道具なのです。そして、何を写して何を外に出すかは、カメラをかまえた人が、シャッターをおす前にえらんでいます。
この「対比でならべて、ちがいをはっきりさせる」という組み立ては、説明文の構成で学んだ、筆者が読者を説得するときの代表的な順番です。アップとルーズをあつかう説明文自体が、対比の形で書かれているのは、ぐうぜんではありません。
どちらも一長一短なら、プロはどうしているのでしょうか。答えは「組み合わせる」です。
新聞の運動会の記事なら、ルーズの写真で会場ぜんたいの様子を見せ、そのそばにアップの写真で主役の顔を見せます。テレビのサッカー中継も同じで、ふだんはルーズでコートぜんたいを写し、ゴールのしゅんかんだけアップに切りかえます。新聞社のカメラマンは、1つのできごとを何十まいも写しておいて、紙面にのせる1〜2まいをあとからえらぶのだそうです。
ここで大事なのは、組み合わせるときも「アップ1まい+ルーズ1まい」のように、1まいに1つの仕事をさせていることです。1まいの写真に細かい部分と全体の両方を写そうとして、中間の距離から写すと、顔は小さくて読み取れず、全体も入りきらない、どっちつかずの1まいになります。写真の仕事は、よくばると両方にげていくのです。
読む側にもどりましょう。写真つきの記事や資料に出会ったら、次の3つの質問を順にあててみます。
質問1と質問2までは、写真を見れば答えられます。いちばん力がつくのは質問3です。写真の外は、目には見えません。「アップだから、まわりの様子が外に出ているはずだ」「ルーズだから、一人一人の顔つきは分からないはずだ」と、写っていないものを頭の中でおぎなう ── これができたとき、写真を「見た」から「読んだ」に変わります。
つな引きのアップなら、①アップ、②引く子の本気さ、③勝ち負けのゆくえと会場の様子、と答えられます。3つめまで言えれば、その写真の読み取りは合格です。
顔が大きく写ったアップは、たしかにはく力があります。でも、運動会ぜんたいのにぎわいを伝えたい場面でアップをえらんだら、それは目的に合わない1まいです。写真に上手・下手のものさしを1本だけ当てるのではなく、「何を伝えたいかに合っているか」で見るのが、この単元のものの見方です。
写真は絵とちがって機械が写すので、「写真=事実のぜんぶ」と感じがちです。でも、ここまで計算してきたとおり、アップの外には44m80cmぶんの校庭があります。写真はうそをついていなくても、写真の外をもっている。この1行を覚えておくと、ニュースや広告の写真を見る目が変わります。
自分が調べて発表する番になると、「せっかくだから」と1まいの写真にあれもこれも入れたくなります。順番がぎゃくです。先に「この写真の仕事は何か」を1つに決めて、全体を見せたいならルーズ、1つのものをくわしく見せたいならアップ、と仕事に合わせてうつし方をえらぶ。えらんだ理由を言えることが、写真を使えるようになった証拠です。
Q1 ルーズの写真には一人一人も写っているのに、「顔は伝わらない」と言えるのはなぜですか。
A ルーズは実物を300分の1にちぢめているからです。はば18cmの顔は 18cm ÷ 300 = 0.06cm、つまり0.6mmの点になり、だれの顔かは読み取れません。写っていることと伝わることは、べつのことです。
Q2 アップの写真が「写真の外」に出しているものは、たとえば何ですか。
A まわりの様子です。つな引きのアップなら、相手チームのきんちょうした様子、応えん席のにぎわい、空の天気などが、写真のわくの外の44m80cmの中にあって写っていません。
Q3 新聞が、同じできごとにアップとルーズの両方の写真をのせることがあるのはなぜですか。
A 1まいでは細かい部分と全体の様子をどちらも伝えられないからです。ルーズで会場ぜんたいを、アップで主役の顔つきを、と1まいに1つずつ仕事をさせて、組にして伝えています。
Q4 学級新聞に、学芸会の写真を1まいだけのせられます。どう考えてえらびますか。
A 先に「何を伝えたいか」を1つに決めます。会場のもり上がりを伝えたいならルーズ、主役のがんばる顔つきを伝えたいならアップをえらび、えらんだ理由を記事のそばに書けたら合格です。
「アップとルーズで伝える」は4年生の説明文教材で、対比の文章構成と、写真というメディアの特性を同時に学ぶ単元です。本文では「写っている≠伝わる」を体感できるよう、縮小率を実際に計算しました(校庭45m→写真15cmで300分の1、顔18cmは0.6mm)。数字はご家庭の写真でも再現できます。スマホで撮った集合写真を開き、「この中のお友だちの顔、何ミリくらいかな」と測ってみてください。
この単元の読みの力は「フレームの外を想像する」ことに尽きます。テレビのニュースや広告を見ながら「これはアップ?ルーズ?」「写っていないのはどこ?」と聞くだけで、よい練習になります。写真は加工していなくても、何を写すかの選択の時点で撮り手の意図が入っている ── この感覚は、高学年で学ぶ情報の読み取りや、メディアリテラシーの土台になります。
お子さんが写真を撮る側に回るときは、撮る前に「この1枚の仕事は?」と一声かけてあげてください。目的から道具を選ぶ習慣は、作文の題材選びにもそのまま通じます。