6年 国語 伝記を読む

伝記を読む ── 同じ人生でも、どこを書くかで人物は変わる

伝記を読んだ感想が「すごい人だと思いました」で止まってしまう。6年の教室でいちばん多い行きづまりです。原因は読む力ではなく、伝記という文章の見方にあります。伝記は、実際にあった出来事だけでできているように見えて、どの出来事を選ぶかを書き手が決めている文章です。ここに気づくと、読み方も、感想の書き方も変わります。

物語でも説明文でもない、三番目の文章

6年までに、みなさんは大きく二種類の文章を読んできました。作り話である物語と、事実やしくみを説明する説明文です。伝記は、そのどちらでもありません。

伝記に出てくる人は、実際にこの世に生きていました。生まれた年も、やったことも、勝手に変えることはできません。その意味では説明文に近い文章です。ところが伝記には、その人が何を思っていたか、どんな気持ちで決断したかが書かれています。書き手はその場にいなかったのに、です。この点は物語に近いといえます。

つまり伝記とは、動かせない事実の上に、書き手の見方を重ねた文章です。この二層になっていることが分かっていないと、書いてあることをすべて「本当にあったこと」として読んでしまいます。逆に「どうせ大げさに書いている」と全部を疑うのも、読み方としては雑です。どこまでが動かせない部分で、どこからが書き手の担当なのか。それを分けるのが6年の読み方になります。

物語説明文伝記
出てくる人作り話の人物ふつう出てこない実在した人
出来事作者が作る事実事実(選ぶのは書き手)
気持ち作者が決める書かれない書き手の推し量り
読者が問うことなぜそう動いたか正しいかなぜそこを書いたか

八十年を三十ページに縮めると、必ず何かが落ちる

ある人が八十歳まで生きたとします。その八十年を、伝記は三十ページほどに縮めて書きます。単純に計算して、一ページあたり二年以上。書けることのほうが、書けないことよりも圧倒的に少ないのです。

ということは、伝記を書く人は必ず捨てる作業をしています。二十代の十年をまるごと一行で済ませ、たった一日の出来事に五ページ使う、ということが平気で起こります。そして、どこを一行にしてどこを五ページにするかは、事実ではなく判断です。

ここが伝記のいちばんおもしろいところです。同じ人物について書かれた本を二冊借りてきて並べると、目次からしてちがいます。一方は発明の場面から始まり、もう一方は子ども時代の貧しさから始まる。読み終わったあとに頭に残る人物の姿も、当然ちがってきます。もとになった出来事は一つなのに、印象は二つできあがるのです。

【同じ人物・別の書き手が書いた二冊の目次】  A の本          B の本  1 失敗した実験室     1 貧しい少年時代  2 助手との出会い     2 学校をやめた日  3 成功と発表       3 家族への手紙  4 その後の研究      4 晩年の後かい  → A は「仕事の人」、B は「家族の人」に見えてくる    うそは一行もないのに、残る印象がちがう

三種類の線に分けて読む

では、どう読めばいいのか。おすすめは、鉛筆の線を三種類に使い分ける方法です。ノートに書き写す必要はありません。付せんでも、教科書の余白に付ける記号でもかまいません。

線の種類引く場所見分け方
直線動かせない事実年・場所・したこと。だれが調べても同じになる
波線書き手の評価「ねばり強く」「思いきって」など、ほめ言葉やけなし言葉
四角心の中の言葉「〜と思ったにちがいない」など、確かめようのない部分

実際にやってみると、波線と四角がとても多いことに驚きます。「三年間、毎朝五時に起きて実験を続けた」は直線です。しかし「三年間、だれにも認められないつらさに耐えながら実験を続けた」となると、後半は波線になります。つらかったかどうかは、本人にしか分からないからです。

この作業の目的は、書き手を疑うことではありません。書き手がその人物をどう見ているかを、はっきり取り出すことです。波線だけを集めて読み返すと、その本が本当に言いたかったことが浮かび上がってきます。事実と考えを分けて読む練習は説明文の要旨(5年)でもしましたが、伝記ではその二つが同じ一文の中に混ざって出てくるところが難しく、そしておもしろいところです。

年表に直すと、書かれなかった時間が見える

読み終わったら、直線を引いた事実だけを年表にしてみてください。左に年、右にしたこと。それだけです。

すると、多くの場合こうなります。ある十年間はぎっしり書けるのに、別の十年間が空白になる。この空白こそ、書き手が「この本には要らない」と判断した時間です。

空白を見つけたら、そこで一度立ち止まります。ここには本当に何もなかったのか、それとも本のねらいに合わないから省かれたのか。図書館でもう一冊べつの伝記を開くと、その空白がびっしり埋まっていることがあります。逆に、こちらの本で厚く書かれていた場面が、向こうでは一行だったりする。二冊を並べて考えるこのやり方は、読み比べ(6年)そのものです。

【年表にすると空白が見える】  1867 生まれる  1880 学校をやめる  1885 ─────┐        │ ← 十年ぶんの空白  1895 ─────┘  1896 研究所をつくる  1901 発表して有名になる  問い:1885〜1895 に、この人は何をしていた?

「えらい人」で終わらせない

伝記の感想が平たくなってしまう最大の原因は、その人を最初から完成した偉人として読んでしまうことです。読む前から「えらい人の話」と決まっていれば、何が書いてあっても「やっぱりえらい」で終わります。

そこで、読みながら意識して探してほしい場面が三つあります。失敗した場面・迷った場面・だれかに助けられた場面です。よく書かれた伝記には、必ずこの三つが入っています。もし一つも見つからないとしたら、その本は人物を持ち上げすぎている可能性があります。

失敗の場面を見つけたら、そのとき本人が何を変えたのかまで追ってください。やり方を変えたのか、組む相手を変えたのか、目標そのものを下げたのか。ここまで読めると、感想が「すごい」から「この人は、うまくいかないとき方法のほうを変える人だった」に変わります。その人らしさを行動の積み重ねからつかむやり方は、人物像をとらえる(6年)と同じです。相手が実在の人になっただけで、使う道具は変わりません。

助けられた場面を探すことにも意味があります。伝記はどうしても一人の力の話になりがちですが、たいていの仕事は一人では終わっていません。支えた家族、お金を出した人、あとを継いだ弟子。そこを見ておくと、その人が生きた時代のかたちまで見えてきます。

自分が書く側になったら

6年では、調べた人物について自分で文章を書くことがあります。そのとき、読むときに使った見方がそのまま武器になります。

まず、集めた出来事を全部書こうとしないこと。ここまで見てきたとおり、伝記は捨てる文章です。「この人の何を伝えたいのか」を一文で決めてから、その一文に効く出来事だけを残します。決めるのが先、選ぶのが後です。順番を逆にすると、集めた材料に引きずられて、何が言いたいのか分からない年表ができあがります。

次に、書いた文章を三種類の線で見直します。波線にあたる部分、つまり「勇かんに」「ひたむきに」といった言葉の下に、直線にあたる出来事がちゃんと敷いてあるかを確かめてください。ほめ言葉だけが並んでいて、根きょになる出来事がないなら、その言葉は消します。

そして、どの本から知ったのかを最後に書きます。伝記は他人の人生をあつかう文章なので、出どころを示すことが特に大切です。書き方は引用のしかた(5年)のとおりで、社会科で人物を調べるときの進め方は歴史の人物調べ(6年)にまとめてあります。

つまずきやすいところ

①どこが事実で、どこが書き手の考えか分からない

迷ったら「これは調べれば確かめられるか」と自分に聞いてください。生まれた年、住んだ町、出した本の題名は、調べれば分かります。だから事実です。「不安だっただろう」「うれしかったにちがいない」は、どこを調べても出てきません。だから書き手の推し量りです。文末に「〜だろう」「〜にちがいない」「〜と思われる」が付いていたら、まず波線か四角だと考えて大丈夫です。

②感想が「すごいと思いました」から先に進まない

すごいと感じた場面を一つだけ選び、その前後三行を読み直してみてください。すごさは、たいてい行動そのものではなく、行動の前に置かれた状況のほうにあります。「三年続けた」がすごいのではなく、「三年間だれも認めなかった」という前置きがあるからすごく見えるのです。前置きを見つけると、感想は具体的になります。

③本によって書いてあることがちがう

これは、まちがいを見つけたのではなく、読み比べができる状態にたどり着いたということです。二冊で食いちがったら、まず年や場所などの事実がちがうのか、評価の言葉がちがうのかを分けます。評価がちがうだけなら、どちらもまちがいではありません。事実そのものがちがうときは、より新しい本や、出どころを示している本のほうを信じるのが原則です。書かれたことをうのみにしない構えは論説文を読む(6年)で身につけたとおりです。

やってみよう

Q1 伝記が説明文とちがうのは、どんな点?

A 事実の上に、書き手がその人物をどう見ているかが重ねて書かれている点。

Q2 「一八八〇年、十三歳で工場に働きに出た」に引く線は?

A 直線(動かせない事実)。年も年れいも調べれば確かめられる。

Q3 「くやしさをかみしめていたにちがいない」に引く線は?

A 四角(心の中の言葉)。文末の「にちがいない」が目印。

Q4 読み終わって年表を作ったら、十年の空白があった。次に何をする?

A その十年を書いている別の本を探す。空白は書き手が省いた場所なので、他の本で埋まることがある。

Q5 自分で人物の文章を書くとき、最初に決めることは?

A その人の何を伝えたいかを一文で決める。出来事を選ぶのは、そのあと。

まとめ

おうちの方へ

伝記は、道徳の教材のように「立派な人を見習う」ために読ませたくなる文章です。ただ6年の国語で求められているのは、感心することよりも、書き手が出来事を選び取った手つきに気づくことのほうです。同じ人物の本が二冊あれば、目次を見比べるだけでも十分な学習になります。図書館で借りるときに、あえて出版年のちがう二冊を選んでみてください。「どっちが正しいの」と聞かれたら、正しさではなく「この本は何を伝えたい本だと思う」と返してあげると、話が読み方のほうへ進みます。なお、この見方は大人が読むニュースにもそのまま使えます。何が書かれたかと同じくらい、何が書かれなかったかを見る習慣は、ここから始まります。「人物像をとらえる(6年)」「読み比べ(6年)」とあわせて読むと、物語・論説・伝記の読み方が一本につながります。