1年 国語 むかしばなしを よもう

むかしばなしを よもう ──「むかしむかし、あるところに」には わけが ある

「ももたろう」も、「大きな かぶ」も、「おむすび ころりん」も。みんなが しって いる おはなしは、ふしぎな ことに、どれも 「むかしむかし、あるところに」で はじまります。だれが そう きめたのでしょう。じつは、この ことばには ちゃんと わけが あります。むかしばなしの「おきまりの かたち」は、かざりでは ありません。むかしの 人の、すごい はつめいなのです。

むかしばなしには、作った 人の 名まえが ない

えほんの ひょうしを 見て みましょう。おはなしの だいめいの 下に、かいた 人の 名まえが のって います。ところが、むかしばなしの 本には、「文(ぶん):だれだれ」の かわりに、「日本の むかしばなし」「ロシアの むかしばなし」と 書いて ある ことが あります。作った 人が、だれだか 分からないのです。

どうしてでしょう。むかしばなしは、もともと 本では ありませんでした。文字で 書かれる ずっと 前から、おじいさんや おばあさんが 口で はなし、子どもが 耳で きいて おぼえ、その 子が 大人に なって、また つぎの 子どもに はなす ── そうやって、口から 耳へ、何百年も リレーされて きた おはなしなのです。

 えほんの おはなし   かいた 人 → 紙に 書く → よむ 人  むかしばなし   はなす 人 → 耳で きく → おぼえる → つぎの 人に はなす   (これを 何百年も くりかえす)

紙に 書いて のこすなら、ながくても むずかしくても だいじょうぶです。でも、あたまで おぼえて 口で はなすと なると、そうは いきません。おぼえやすい かたち、はなしやすい かたちの おはなしだけが、わすれられずに 生きのこりました。これから 見て いく「おきまりの かたち」は、ぜんぶ その 生きのこる ための くふうなのです。

「むかしむかし、あるところに」の ひみつ

では、はじまりの ことばを しらべて みましょう。よく 見ると、「むかしむかし、あるところに」という ことばは、たいせつな ことを わざと 言って いません。

 むかしむかし → いつ? … 分からない  あるところに → どこ? … 分からない

「きょねんの 五月五日に、となりの 町で」なら、いつ・どこが はっきりします。でも むかしばなしは、わざと ぼかします。いつか 分からない、どこか 分からない。そう する ことで、おはなしは「ほんとうに あった ことの ほうこく」では なく、いつの じだいの、どこの 子が きいても 楽しめる おはなしに なるのです。

もう ひとつ、だいじな やくめが あります。「むかしむかし」と きこえたら、きいて いる 人は「あ、おはなしが はじまるぞ」と 分かります。テレビばんぐみの はじまりの おんがくと おなじ、「はじまりの あいず」です。あいずが あるから、きく 人は すっと おはなしの せかいに 入れます。

おなじ ことが、なんども おきる

「大きな かぶ」を おもい出して ください。おじいさんが かぶを ひっぱる。ぬけない。おばあさんを よんで くる。ぬけない。まごを よんで くる。ぬけない。いぬ、ねこ、ねずみ……。「うんとこしょ、どっこいしょ」と、おなじ 言い方が なんども なんども 出て きます。

 「〇〇が きて、みんなで かぶを ひっぱる。   うんとこしょ、どっこいしょ。それでも かぶは ぬけません」  かわるのは「だれが ふえたか」だけ。  かた(言い方)は、ずっと おなじ。

どうして おなじ 言い方を くりかえすのでしょう。こたえは 二つ あります。一つめは、おぼえやすいから。はなす 人が おぼえる ことは、「かた」が 一つと、「だれが どの じゅんばんで 出て くるか」だけで すみます。二つめが おもしろい ところで、きいて いる 子は、二回も きけば「つぎは こう なるぞ」と 分かって きます。だから、三回めからは 「うんとこしょ、どっこいしょ!」と いっしょに 言えるのです。むかしばなしは、きく 人が さんかできる ように 作られた おはなしなのです。

「おむすび ころりん」で、おむすびが あなに ころがる たびに おなじ うたが きこえて くるのも、おなじ くふうです。ものがたりの 読みとりで ならう「できごとを 順ばんに 追う」れんしゅうにも、くりかえしの おはなしは ぴったりです。じゅんばんが かたちで 見えるからです。

むかしばなしは「三」が すき

こんどは、数に ちゅうもくして みましょう。ももたろうの おともは、いぬ・さる・きじの 三びき。「三びきの こぶた」は、こぶたが 三びきで、家も わら・木・れんがの 三けん。「三びきの くま」という おはなしも あります。むかしばなしには、「三」が やたらと 出て くるのです。

どうして 三なのでしょう。二回では、みじかすぎて もりあがる 前に おわって しまいます。四回、五回と つづくと、こんどは ながすぎて、きいて いる 子が あきて しまいます。そして 三には、とっておきの つかい方が あります。

 一けんめ わらの 家  → ふきとばされた  二けんめ 木の 家   → ふきとばされた  三けんめ れんがの 家 → とばない!  二回 おなじ → 三回めで かわる。  ここが おはなしの いちばんの 見せば。

一回めと 二回めで「また おなじだ」と おもわせて おいて、三回めで がらりと かわる。きいて いる 子は「えっ!」と なります。二回の「おなじ」が あるから、三回めの「ちがう」が ひかるのです。三は、みじかさと もりあがりの、ちょうど まん中の 数なのでした。

おわりにも、あいずが ある

はじまりに あいずが あるなら、おわりにも あいずが あります。いちばん ゆうめいなのは 「めでたし、めでたし」。おはなしが ぶじに おわった ことを つたえて、きいて いる 人を おはなしの せかいから かえして あげる ことばです。

おわりの ことばは、土地に よって いろいろです。岩手県の あたりでは 「どんとはれ」、秋田県の あたりでは 「とっぴんぱらりの ぷう」。いみの ない おまじないみたいに きこえますが、やくめは おなじ。「おはなしは ここまで。もとの せかいに おかえりなさい」の あいずです。

つまり、むかしばなしは、はじまりの あいずと おわりの あいずで、まえと うしろを きちんと とじた ふくろみたいに できて います。ふくろの 中に いる あいだだけ、きつねが 口を きいても、おむすびが うたっても いい。あいずの ことばが、ゆめの せかいと ほんとうの せかいの さかいめを まもって いるのです。

口から 口へ、せかいを たびした おはなし

さいごに、とって おきの はなしを します。じつは「大きな かぶ」は、ロシアの むかしばなしです。とおい 国の おはなしが、海を こえて 日本に とどいて、いま、日本の 一年生の きょうかしょに のって います。

むかしばなしは、たびびとや あきんどと いっしょに、口から 口へ つたわって、国から 国へ たびを しました。だから、せかいの あちこちに よく にた おはなしが あります。シンデレラに にた おはなしは、せかいじゅうに 何百も 見つかって いるそうです。つたわる とちゅうで、その 土地の 食べものや どうぶつに すがたを かえながら、おはなしの ほねぐみだけは のこる ── 口で つたわる おはなしの、ふしぎな 力です。

としょしつには、日本の むかしばなしも、せかいの むかしばなしも ならんで います。よんで おもしろかったら、こんどは 本を とじて、おうちの 人に 口で はなして みて ください。おんどくとは また ちがって、自分の ことばで はなす ことに なります。うまく はなせたら、きみも 何百年 つづく リレーの、あたらしい 一人です。

たしかめて みよう

Q1 むかしばなしに、作った 人の 名まえが ないのは なぜですか。

A 本に なる ずっと 前から、口で はなして 耳で きく リレーで つたえられて きた おはなしだからです。さいしょに 作った 人は、もう だれにも 分かりません。

Q2 「むかしむかし、あるところに」は、どんな しごとを して いますか。

A しごとは 二つ。いつ・どこを わざと ぼかすことと、「おはなしが はじまるぞ」と つたえる はじまりの あいずです。

Q3 「大きな かぶ」で、おなじ 言い方が くりかえされると、きいて いる 人は 何が できますか。

A つぎを あてて、「うんとこしょ、どっこいしょ」と いっしょに 言えます。はなす 人に とっても、おぼえる ことが へる くふうです。

Q4 むかしばなしに よく 出て くる 数は いくつですか。

A 三です。二回 おなじ ことが おきて、三回めで がらりと かわるのが、むかしばなしの おやくそくです。

Q5 「めでたし、めでたし」は 何の あいずですか。

A おわりの あいずです。土地に よって「どんとはれ」「とっぴんぱらりの ぷう」など、いろいろな 言い方が あります。

Q6 せかいの あちこちに、よく にた むかしばなしが あるのは なぜですか。

A おはなしが、人と いっしょに 口から 口へ 国を こえて たびを したからです。「大きな かぶ」も、ロシアから 日本へ やって きました。

まとめ

おうちの方へ

1年生の国語には、昔話・民話に親しむ単元があり、教科書にも「おむすびころりん」「大きなかぶ」などが載っています。本文では個々のあらすじではなく、昔話というジャンルに共通する「型」──冒頭の決まり文句・反復・三の法則・結びの言葉──を主役にしました。型は口承文芸が何百年も生き延びるための記憶の装置であり、これを知っていると、初めて出会う昔話でも「また三回目で変わった」と構造ごと楽しめるようになります。

この単元と相性がよい家庭学習は、読み聞かせよりさらに一歩進めた「語り」です。本を閉じて、お子さんに昔話を自分の言葉で話してもらってみてください。反復の型があるおかげで、1年生でも意外なほど最後まで語れます。あらすじを自分の言葉で再構成する活動は、要約力の最初の練習にもなります。

結びの言葉(岩手の「どんとはれ」、秋田の「とっぴんぱらりのぷう」など)は地方ごとに異なり、方言と口承文化の入り口としても豊かな素材です。おじいさん・おばあさんの出身地の昔話や結び言葉を尋ねてみると、家族の中に残る「リレーの記憶」に触れられるかもしれません。