台風が近づくたび、ニュースは「中心気圧950ヘクトパスカル」と言います。冬の天気予報は「1030ヘクトパスカルの高気圧におおわれて」と言います。毎日聞いているのに、hPaが何をはかった数字なのか、いくつから高気圧なのかを説明できる人はあまりいません。じつは、高気圧かどうかを決める境目の数字は存在しません。高いか低いかは、となりとくらべて決まります。この記事では、hPaの正体から始めて、天気図のあのぐにゃぐにゃした線がなぜ山の地図とそっくりなのか、そして台風のまわりに線が何本引かれるはずかまで、たし算・ひき算・わり算だけで出します。
5年生の理科「天気の変化」では、雲の量や動きを観測して、日本の天気がおおむね西から東へ移っていくことを学びます。そのときに見る資料が天気図で、教科書にも「高気圧」「低気圧」という言葉が出てきます。ところが小学校では、気圧そのものは正面から扱いません。空気に重さがあり、それが物を押していること、その強さをhPaという単位ではかることは、中学2年の理科まで出てこないのです。
つまり多くの子どもは、意味を習っていない言葉だけを先に暗記させられている状態にいます。「低気圧が来ると雨」は覚えられても、なぜ低いと雨になるのかは宙に浮いたままです。ニュースの「950hPa」も、数字が小さいほど危ないという言い回しが、算数の感覚と逆向きなので気持ち悪く残ります。
もったいないのは、この話に必要な算数が1けたのわり算とひき算しかないことです。しかも天気図の線には「4ずつ」という単純な決まりが1つあるだけ。そこさえ分かれば、テレビの画面を見ただけで風の強い場所が当てられるようになります。
紙と鉛筆だけで読めます。天気予報アプリの天気図の画面か、新聞の天気図があると、最後の「やってみよう」で自分の目で数えられます。スマートフォンに気圧が出るアプリが入っていれば、エレベーターの実験もできます。
気圧という言葉を知らなくても、その力は毎日あなたに働いています。むしろ、気圧を知らないままだと説明がつかない出来事のほうが身近にあります。3つならべます。
①のストローは、よく「吸い上げている」と言われますが、口が吸えるのはストローの中の空気だけです。ではジュースを持ち上げているのは何なのか。②の耳も、あなたは何もしていないのに勝手に起きます。③にいたっては、たった8%しかちがわない数字が、かたや災害、かたや洗たく日和という正反対の結果につながっています。
この3つは、空気がいつも物を押していると分かったとたん、同じ1つの理由で説明がつきます。
気圧とは、空気が物を押す力の強さです。空気には重さがあり、あなたの頭の上には、宇宙のふちまで続く空気の柱がのっています。その柱の重さが、あなたを上から押しています。
単位のhPaは、ヘクトパスカルと読みます。パスカルが押す力の強さの単位で、その前についたヘクトは「100倍」という意味です。面積のヘクタールも、100アールだからヘクタールでした。つまり1hPaは100パスカル。ふつうの日の気圧である1013hPaは、10万1300パスカルということになります。
大きい数を毎日読むのは大変なので、100倍のまとまりにして「1013」と短くしている。それがhPaという単位の正体です。天気予報が特別な世界の言葉を使っているわけではありません。
1013hPaの空気が1cm²を押す力は、およそ1kgのおもりをのせたのと同じ強さです。1cm²は、つめの先ほどの大きさ。そこに1kgです。
では体ぜんたいではどうなるか。小学5年生くらいの体の表面積は、だいたい1.2m²です。m²をcm²に直してから、かけ算します。
ここで当然、こう思うはずです。なぜつぶれないのか。答えは、体の中からも同じ強さで押し返しているからです。空気は上からだけでなく、横からも下からも同じ強さで押しています。体の中の血や空気も同じ気圧でつり合っているので、差し引きゼロになって何も感じません。
だから、つり合いがくずれた瞬間だけ、あなたは気圧を感じ取ります。ストローで口の中の気圧を下げると、下げた分だけ外の空気がジュースの表面を押して、ストローの中を上がってきます。これが①の答えです。あなたはジュースを引っぱっていたのではなく、空気に押し上げてもらっていたのでした。
気圧が「頭の上の空気の重さ」なら、高いところへ行くほど、頭の上に残っている空気は少なくなります。だから気圧は下がります。地面の近くでは、10m上がるごとに約1.2hPaという目安が使えます。
この3.6hPaという数字を覚えておいてください。あとで出てくる天気図の線1本ぶん(4hPa)と、ほとんど同じ大きさです。エレベーターで10階に上がるだけで、天気図の線1本ぶんに近い変化を体が受けていることになります。耳がツンとするのはそのためで、②の答えもこれです。
もっと高いところでも同じように計算できるか、表で確かめます。右の列は、実際にはかったらどれくらいかという値です。
| 高さ | 目安の計算(1013 − 高さ×0.12) | 実際はどれくらいか |
|---|---|---|
| 0m(海の高さ) | 1013hPa | 1013hPa |
| 30m(10階建て) | 1009hPa | 約1010hPa |
| 100m | 1001hPa | 約1001hPa |
| 350m(展望台くらい) | 971hPa | 約972hPa |
| 634m(東京スカイツリーの高さ) | 937hPa | 約939hPa |
| 3776m(富士山の山頂) | 560hPa | 約640hPa |
最後の1行だけ、大きくはずれています。目安の計算では560hPaなのに、本当は約640hPa。80hPa以上のちがいです。これは目安の使い方をまちがえたのではなく、目安そのものが地面の近くでしか通じないからです。上へ行くほど空気はうすくなり、うすい空気は同じ10mぶんでも重さが軽い。だから減り方もだんだんゆるやかになります。
数百メートルまでなら、この目安はよく当たります。けれど山の高さまで持っていくと合わない。どこまで使える計算なのかを知っておくことも、計算のうちです。
ここからが天気図です。あの、日本列島の上をぐにゃぐにゃ通っている線を等圧線(とうあつせん)といいます。同じ気圧の場所どうしを結んだ線です。
山の地図にある等高線と、考え方はまったく同じです。等高線は同じ高さの場所を結んだ線でした。等圧線は同じ気圧の場所を結びます。そして日本の天気図では、引く間かくが決められています。
この決まりから、天気図の読み方が1つ出てきます。線が混んでいるところほど、風が強い。
理由は等高線と同じです。等高線が混んでいる場所は坂が急で、ボールを置けば勢いよく転がり落ちます。等圧線が混んでいる場所は、短いきょりの間に気圧が大きくちがうということ。空気は気圧の高いほうから低いほうへ動きますから、差が急なほど強く動きます。それが風です。
つまり天気図は、色や記号を覚えなくても、線の混み具合を見るだけで風の強い場所が分かる地図だということになります。
4hPaごとという決まりが分かれば、天気図に引かれる線の数は自分で計算できます。中心気圧950hPaの台風が、気圧1010hPaの海の上にいるとします。
台風の絵が、いつも「ぐるぐる巻きのバウムクーヘン」のように見えるのはこのためです。せまい場所に15本も押しこまれるので、線と線の間かくが極端にせまくなります。線が混む=風が強い、でしたから、台風の風が強いことは天気図の形そのものが語っていることになります。
逆に、冬の高気圧の中では線が数本しかなく、ゆったり開いています。同じ地図の上で、線のこみ方だけが場所ごとにちがう。そこを見比べるのが天気図の本当の使い方です。
さて、この記事の題名にした話です。高気圧・低気圧の「高い」「低い」は、何と比べているのか。
多くの人は、ふつうの気圧である1013hPaと比べていると思っています。ちがいます。比べている相手はそのまわりです。閉じた等圧線の輪の中で、中心へ行くほど気圧が高くなっていれば高気圧、中心へ行くほど低くなっていれば低気圧。それだけの区別です。
だから「何hPaから高気圧」という境目は、世界のどこにもありません。夏の高気圧は中心が1010hPa前後しかないこともありますし、冬にシベリアで育つ高気圧は1050hPaを超えることがあります。どちらも高気圧です。
ついでに、数字の幅も見ておきましょう。観測の記録として残っている世界でいちばん低い気圧は870hPa(1979年の台風)、いちばん高い気圧は約1084hPa(1968年のシベリア)です。
地球が記録した気圧の幅を全部合わせても、ふだんの2割ほどしか動いていません。気圧はめったに大きく変わらない数字なのです。それなのに天気がこれほど変わるのは、天気を決めているのが気圧の値そのものではなく、となりとの差と、空気が上へ行くか下へ行くかだからです。
空気は気圧の高いところから低いところへ動きます。高気圧の中心はまわりより高いので、空気は中心から外へ出ていきます。出ていった分を補うため、上から空気が下りてきます。低気圧の中心はその逆で、まわりから空気が集まり、行き場がなくなって上へのぼります。
上がった空気が冷えて雲になる仕組みは、雲のでき方で扱ったとおりです。空気は上へ行くほどふくらんで温度が下がり、冷えた空気は水じょう気を持ちきれなくなって水のつぶになります。その「持ちきれる量」の話が湿度でした。
気圧・雲・湿度は、別々に覚える3つではなく、1つの流れの上の3か所です。気圧の差が空気を動かし、動いた空気が上下して温度が変わり、温度が変わると水じょう気の上限が変わる。天気予報に出てくる数字は、この流れのどこかを指しています。
ここで、はっきりさせておかないといけないことがあります。気圧は高さで大きく変わる、と計算2でやりました。富士山の山頂では約640hPaでした。ところが天気図には、そんな数字は書かれていません。
もし観測した気圧をそのまま地図に書きこんだらどうなるか、考えてみてください。
これでは天気の高い低いが、土地の高い低いにうもれてしまいます。そこで天気図の気圧は、どの観測所の値も「もし海の高さにあったら何hPaか」に計算し直してから描かれています。これを海面気圧といいます。
たとえば標高1000mの観測所ではかった気圧が約893hPaだったとき、その場所は海面より1000m高いので、その分(120hPaほど)を足し戻して約1013hPaとして天気図に置きます。こうしてはじめて、日本中の気圧を同じ土俵で比べられるようになります。
だから天気図の等圧線は、土地の高さの影響を取りのぞいたあとに残った、空気そのものの高低差を表しています。山の等高線と形は似ていますが、中身は「山をならしてから描いた地図」なのです。
| よくある思いこみ | ほんとうは |
|---|---|
| 1013hPaより高ければ高気圧 | まわりとくらべて高いかどうか。境目の数字はない |
| 台風の950hPaは、数字が小さいから弱そう | まわりとの差が大きいほど風が強い。低いほど強い台風 |
| 気圧は空気の量そのもの | 空気が押す力の強さ。上にのっている空気の重さで決まる |
| 天気図の線は、ただの模様やしきり | 同じ気圧を結んだ線。4hPaごとという決まりがある |
| 線の形が丸いほど、風が強い | 形ではなく、線と線の間かくがせまいほど強い |
| 山の上の天気図の気圧も、はかったまま | 海の高さに直してある。そうしないと山が低気圧になる |
| ストローは、口の力でジュースを引き上げている | 口の中の気圧を下げ、外の空気に押し上げてもらっている |
7つならべましたが、根はほとんど同じところにあります。気圧を、ものさしの目もりのような絶対の数字だと思うか、となりとの差を見るための数字だと思うか。後ろ側に立てば、台風の強さも風の強さも同じ1つの見方で読めます。
天気図はテレビでも新聞でも毎日手に入ります。数えるだけの作業なので、10分もあれば終わります。
① 太い線から4ずつ数える
天気図をさがして、数字の書いてある太い線を見つけます(1000や1020が多い)。そこから外側へ、4ずつ足したり引いたりしながら線に数字をふっていきます。低気圧の中心の数字と、自分でふった数字が合えば、4hPaごとという決まりを自分の手で確かめたことになります。
② 風の強い場所を当ててから、予報で答え合わせ
天気図の中でいちばん線が混んでいる場所に印をつけ、そこが今日いちばん風が強いはずだと予想します。そのあと予報の風の欄や、各地の風速を見て確かめます。海の上や北の海で当たりやすいはずです。
③ 台風の線の本数を先に計算する
台風が来ているときは、ニュースが言う中心気圧をメモします。まわりの気圧を1010hPaとして、差を4でわれば線の本数が出ます。そのあと天気図の画像で実際に数えてみてください。中心近くは線がつぶれて数えにくいので、外側から数えるのがコツです。
④ エレベーターで気圧をはかる
スマートフォンに気圧が出るアプリがあれば、1階と最上階で気圧を読み、差をメモします。高さ10mで1.2hPaの目安で計算した値と近ければ成功です。アプリがなければ、耳がツンとした回数だけでも十分手がかりになります。
⑤ 逆から考えてみる
「ある山の上の観測所で気圧が893hPaだった。ここの標高は何mくらいか」を考えてみてください。海面の1013hPaとの差を出し、1.2hPaで何回ぶんかを求め、それを10倍します。必要な数字はすべてこの記事の中にあります。
気圧は小学校の学習内容に含まれず、中学2年の「気象とその変化」で初めて定義が与えられます。一方で高気圧・低気圧という語は5年の天気の学習に登場し、ニュースでも毎日耳に入ります。語だけが先に入り、意味が数年遅れて届くという、算数でいう「割合」と似たねじれがここにあります。本文では圧力の正式な定義(単位面積あたりの力)には立ち入らず、「1cm²に約1kg」という手ざわりのある言い方に置きかえました。
お子さんと確かめていただくなら、天気図で線の混んでいる場所を指さして、風が強い日かどうかを当てっこするのが手軽です。正解はその日のうちに出ますし、当たると天気図が急に読めるものに見えてきます。
正直に書いておきたい点が3つあります。第一に、高さと気圧の「10mで1.2hPa」は地表付近の近似で、本文の表のとおり3776mでは約80hPaずれます。上空での正確な計算は気温の変化も同時に追う必要があり、小学生の範囲では扱えないため、あえてずれる例を表に残しました。第二に、海面気圧への直し方も本文では「高さの分を足し戻す」という説明にとどめています。実際の計算では観測所の気温も使うため、単純な足し算にはなりません。第三に、台風の線の本数は「まわりを1010hPaとしたとき」の計算であり、実際の天気図では周囲の気圧配置によって上下します。考え方の筋道を示す例としてお読みください。台風接近時の行動は、必ずお住まいの地域の気象情報と自治体の指示に従ってください。なお1992年までは日本でもミリバール(mb)という単位を使っており、数値はhPaとまったく同じです。古い本や当時を知る方の話に出てきたときは、読みかえの必要はありません。