前に立ったとたん、書いてきた文が一行も出てこない。下を向いて原こうを読み上げる。終わったあと、何を話したか自分でもおぼえていない。これは度胸の問題ではなく、おぼえ方をまちがえているだけです。スピーチでおぼえるのは、文ではありません。
スピーチとは、決められた時間の中で、自分の考えを人の前で声にして伝えることをいいます。5年生になると、朝の会の一分間スピーチ、委員会の提案、総合の中間発表など、原こう用紙を持って前に立つ場面が一気に増えます。
ここで多くの人が、こう準備します。原こう用紙に書く。何度も読む。全部おぼえようとする。ところが本番では、たいてい次のどちらかになります。
AもBも、原因は同じです。「文」をおぼえようとしたこと。文というのは、順番が一か所ちがっただけでこわれます。だから一度つまると復帰できません。
じょうずな人は、文をおぼえていません。おぼえているのは話す順番だけです。順番さえ頭にあれば、その場で文を作りながら話せます。少しくらい言い方が変わっても、伝わる中身は変わりません。
準備の中心になるのは、原こうではなくカードです。名刺くらいの紙を4枚用意して、それぞれに見出しをひとつだけ書きます。文は書きません。
| 順番 | カードの見出し | そこで話すこと | 目安の長さ |
|---|---|---|---|
| 1 | いちばん言いたいこと | 結論をさきに一文で言う | 10秒 |
| 2 | そう思ったきっかけ | 実さいにあった出来事をひとつ | 20秒 |
| 3 | 数字・くらべたこと | 調べた数、前とのちがい | 20秒 |
| 4 | 聞く人へのおねがい | してほしいこと・考えてほしいこと | 10秒 |
4枚にする理由は、人がきんちょうしながら思い出せる数がだいたい4つだからです。7つも8つもあると、本番では順番そのものを見失います。
そして、1枚目を結論にするのがこつです。「まず、わたしがいちばん言いたいのは〇〇です」から始めると、聞く人は、そのあとの話をどこに置いて聞けばいいかが分かります。逆に、出来事から順に話して最後にやっと結論が来ると、聞く人は最後まで何の話か分からないまま待たされます。
なお、2枚目・3枚目の中身をどう組み立てるかは、意見を述べるで学ぶ主張・根きょ・理由づけの考え方がそのまま使えます。この記事であつかうのは、その中身をどう声にするかのほうです。
カードができたら、そこではじめて原こうを書きます。このとき気をつけるのは、作文と同じ文体で書かないことです。作文は目で読むもの、話は耳で聞くもので、耳に入りやすい文はまったくちがいます。
| 作文の文(目で読む) | 話す文(耳で聞く) | 変えた理由 |
|---|---|---|
| 本校の児童のうち約六割が朝食をとっている。 | クラスの10人のうち6人が、毎朝ごはんを食べています。 | 耳では「約六割」が一度で像にならない |
| わたしが提案したいのは、給食の残りを減らすために、量を選べるようにするということである。 | 提案があります。給食の量を、自分で選べるようにしませんか。 | 一文が長いと、聞き手が主語を見失う |
| 調査の結果、多くの課題が明らかになった。 | 調べてみて、二つ、こまっていることが分かりました。 | 数を先に言うと、耳が数えながら聞ける |
こつは三つです。一文を短くする(40字をこえたら切る)。数を先に言う(「二つあります」)。むずかしい言い方をやさしく言いかえる(「提案」は残してよいが「本校の児童」は「クラスのみんな」)。
書き終えたら、かならず一度声に出して読みます。目で読むと気づきませんが、口に出すと息が続かない場所がすぐ分かります。そこが、切るべき場所です。
「一分間スピーチ」と言われて、どのくらい書けばよいのか分からない。これは計算で出せます。人が人前で話すときの速さは、だいたい1分間に300字です。
ここで大事なのは、300字を「上限」ではなく「これ以上ふやさない量」として使うことです。時間が余るのをこわがって多めに書くと、本番でかならず早口になります。むしろ1分なら250字くらいで用意して、間をゆっくり取るほうが、聞く人にはよくとどきます。
練習のときは、かならずストップウォッチを使って測ります。「たぶん1分くらい」で本番に出ると、たいてい40秒か1分半のどちらかになります。
前に立ったら、考えることを三つにしぼります。多く意識しようとするほど、かえって何もできなくなります。
「大きな声で」と言われてもピンときませんが、いちばん後ろの席の人にとどくようにと考えると、体が自然にそう動きます。教室のうしろのかべを見て、そこまで声を飛ばすつもりで話します。声が小さい人は、じつは口の開き方が小さいことが多いので、最初の一文だけ、口を大きく開けて話してみてください。
間(ま)というのは、話のとちゅうでわざと止まる時間のことです。ずっとしゃべり続けると、聞く人は考える時間がなく、内容が流れていきます。カードが1枚終わったところで、心の中で「1、2」と数える。それだけで、聞き手は「今の話はここまで」と区切って理解できます。
止まると失敗したように感じますが、聞いている側からは、落ち着いて話しているように見えます。きんちょうしていちばん出やすいのは早口なので、間を取るのはその対さくにもなります。
全員の顔を見るのは無理です。左・まん中・右の三か所を決めて、カードが変わるたびに次のところへ目を移します。一か所につき5秒くらい。これだけで、下を向いたままにはなりません。人の目を見るのがこわい人は、その人のおでこのあたりを見ればじゅうぶんです。
同じ練習を10回くり返しても、じょうずにはなりません。次の三だんかいを、1回ずつやるほうが効きます。
| 練習 | やり方 | そこで直すこと |
|---|---|---|
| 1回目 | 原こうを見ながら声に出す | 息が続かない長い文を切る |
| 2回目 | カード4枚だけを見て話す。時間を測る | 長さの調整。言えない順番の確にん |
| 3回目 | 家の人など、だれか一人の前で話す | 声の大きさ・目線・間 |
2回目でつまった場所は、おぼえていないのではなく、順番に無理があることが多いです。文を丸暗記して乗り切ろうとせず、カードの並びのほうを入れかえてみてください。
3回目は、内容ではなく話し方を見てもらいます。聞いてくれた人には「分かりにくかったところを一か所だけ教えて」とたのむと、直す場所がはっきりします。話し合いの場で意見を交わす練習は、話し合って考えを深めるで別にあつかいます。
その1 全部おぼえようとして、一か所で止まる。止まったときは、言えなかった文を思い出そうとしないでください。カードの見出しだけを見て、そこから自分のことばで言い直す。聞いている人は、あなたが用意した文を知らないので、言い方が変わったことに気づきません。
その2 「えー」「あのー」が多くなる。これは、次の文を思い出している時間に音を出しているために起きます。同じ時間をだまって間にすると、そのまま落ち着いた話し方に変わります。無くそうとするより、「言いよどみそうになったら口を閉じる」と決めるほうが早いです。
その3 早口になって、時間が余る。きんちょうすると速さは1.5倍近くまで上がります。対さくは本番でがんばることではなく、じゅんびのだんかいで字数を減らしておくことです。最初の一文だけでもゆっくり言えれば、あとは自然に速さが落ち着きます。
Q1 人の前で話すとき、おぼえるのは文と順番のどちらですか。理由もあわせて答えましょう。
A 順番です。文は一か所つまると先が消えてしまいますが、順番をおぼえていれば、その場で自分のことばに言い直せるからです。
Q2 カードの1枚目には何を書きますか。
A いちばん言いたいこと(結論)です。先に言っておくと、聞く人はそのあとの話をどこに結びつけて聞けばよいかが分かります。
Q3 2分間で話す原こうは、だいたい何字くらいにすればよいですか。
A 600字くらいです。話す速さは1分に約300字なので、2分なら300×2で見つもります。少し少なめにして間を取るほうが伝わります。
Q4 「本校の児童のうち約六割が朝食をとっている」を、耳で聞いて分かる言い方に直しましょう。
A 例「クラスの10人のうち6人が、毎朝ごはんを食べています」。割合より実さいの人数のほうが、聞いてすぐに像がうかびます。
Q5 「わたしの好きな本」で1分間のカードを4枚作ってみましょう。
A 例:①この本をすすめたい ②読んだきっかけ ③いちばん心に残った一場面 ④どんな人に読んでほしいか。文は書かず、見出しだけにします。
作ったカードで、まず家の人の前で1分だけ話してみてください。原こうを見ないで最後まで行けたら、それが本番でも使える形になっています。
人前で話すことを苦手だと感じているお子さんの多くは、性格ではなく準備の方法でつまずいています。原こうを丸暗記させる指導は家庭でもよく行われますが、暗記は一か所の欠落で全体が崩れるため、緊張する場面ではもっとも弱い方法です。見出しだけをおぼえる方式に変えるだけで、途中で止まっても自力で戻れるようになります。
ご家庭でしていただきたいのは、聞き役になることです。そのとき、内容の良し悪しを評価する必要はありません。「聞いていて分かりにくかったところを一か所だけ」伝えてあげてください。全体を細かく直そうとすると、本人はどこから手をつけてよいか分からなくなります。
もう一つ、時間を測ってあげると効果が大きいです。子どもは自分の話す速さを自覚できないため、「1分のつもりが35秒だった」という事実を一度知るだけで、次から間の取り方が変わります。うまく話せたかどうかより、予定した時間に収まったかをものさしにすると、ほめる場所も見つけやすくなります。