1年 生活 ひなん訓練

ひなん訓練 ── 「おかしも」は おぼえる 言ばでは なく、体で やる 4つの こと

年に 何回か、きゅうに ベルが 鳴って、みんなで こうていに 出ます。ひなん訓練です。「また あれか」と 思って いる 子も います。でも これは、行じの 一つでは ありません。本ばんの ために、先に やって おく 下書き です。下書きを した ことが ある 人だけが、本ばんで 体を 動かせます。

なぜ 「れんしゅう」が いるのか

本とうに じしんが 来た とき、はじめに おきる ことは 何だと 思いますか。ゆかが ゆれる ことでは ありません。頭の 中が まっ白に なる こと です。大人でも そう なります。まっ白に なった 頭は、その 場で 新しい かんがえを 作れません。

そこで 出て くるのが、前に やった ことが ある 動き です。体は、考えなくても 一度 やった ことなら くり返せます。ひなん訓練で やって いるのは、その「考えなくても できる 動き」を 体に 入れる さぎょう です。だから、しずかに、まじめに やった 回数だけ ねうちが あります。ふざけて 歩いた 回は、体に 何も のこりません。

もう 一つ。訓練を すると、先生の 方も たしかめられます。どの ドアが 出やすいか、どこで つまるか、何分で ぜんいん そろうか。これは 一回 やって みないと 分かりません。子どもと 大人が いっしょに たしかめる 日、それが ひなん訓練の 日 です。

「おかしも」は 4つの やくそく

ひなん訓練で いちばん さいしょに ならう 言ばが「おかしも」です。4つの 文の、あたまの 字を あつめた もの です。学校に よっては「おはしも」「おかしもち」と 言います。中みは ほとんど 同じ です。

字いみなぜ?
おおさない一人 たおれると、うしろの 人が つぎつぎ たおれて、そこで 道が ふさがる
かかけない(走らない)走ると ころぶ。ろうかは ぬれて いたり、物が おちて いたり する
ししゃべらない先生の 声が 聞こえなく なる。行き先が とちゅうで 変わる ことが ある
ももどらないもどった 人を さがす ために、ほかの 人が 中へ 入る ことに なる

気を つけて ほしいのは、この 4つが 「行ぎが いいから」では なく、どれも 理ゆうが ある こと です。とくに 「し」は、ただ しずかに する れいぎの 話に 見えて、いちばん 命に 近い 一つ です。

しゃべらない、が 大事な わけ

ひなんの とちゅうで、先生が こう 言う ことが あります。

「そっちは 通れません。 こっちの かいだんに 回ります」

火や けむりが どこに あるかは、その 日に ならないと 分かりません。だから 道は とちゅうで 変わります。その 大事な 一言が、みんなの おしゃべりで 消えて しまったら、半分の 人が まちがった 方へ 歩いて いきます。

「しゃべらない」は、しずかに する ための きまりでは なく、耳を 一つ あけて おく ため の きまり です。歩きながら 耳だけ 先生に むけて おく。これが できると、ひなんは とても 早く なります。

じしんの ときと 火じの とき、さいしょが ちがう

ここが いちばん まちがえやすい ところ です。「ひなん=外に 出る」と おぼえて いる 子が 多いのですが、じしんの ときは すぐに 外へ 出ません。

くらべる ところじしん火じ
あぶない もの上から おちて くる ものけむり
さいしょに する ことつくえの 下に 入り、頭を まもる口と 鼻を おさえる
体の かたちつくえの 足を 手で もつひくい しせいで 進む
外へ 出る の はゆれが おさまって からすぐ。ただし 先生の 合図で

じしんで ゆれて いる あいだに 立ち上がると、歩けない だけで なく、たなや 電気が 頭の 上に おちて きます。ゆれて いる あいだは、うごかない 時間 です。つくえの 足を 手で もつのは、つくえ 自体が ゆれで 横に すべって いって しまう から です。

火じの ときは 反対で、その場に いる 時間が 長いほど あぶなく なります。理ゆうは つぎの 通り です。

けむりは 上から たまる

火じで 人が こまる いちばんの 原いんは、火では なく けむり です。けむりは あたたかいので、水の 上に あぶらが うくのと 同じで、天じょうの ほうから じゅんに たまって いきます。

↑ 天じょう ■■■■■■■■■■ ← けむり(さいしょに ここ) ■■■■■■■■■■ ・・・・・・・・・・ ← まだ すえる 空気 人 ← ひくく すすむ ──────────── ゆか

だから 火じの ときは、ハンカチや そでで 口と 鼻を おさえて、こしを 低く して 進む。立って いると 頭の 高さは もう けむりの 中、という ことが おきます。「ひくく」は カッコつけの ポーズでは なく、すえる 空気が そこに しか ない から です。

また、けむりの 中では 前が 見えません。よく 知って いる ろうかでも、白い かべの ように 見えます。ひなん訓練で 「いつもの 道」を 体に 入れて おくと、見えなく なっても 足が おぼえて います。

教室に いない ときが、本ばん

訓練は たいてい 授ぎょう中に 始まります。でも 本ばんは、そう とは かぎりません。トイレかも しれないし、休み時間の こうていかも しれません。その ときに 先生は そばに いません。

いる ばしょ → どう する トイレ → すぐ 出て、近くの 大人か 出口へ ろうか → まどや たなから はなれる こうてい → 立ち木や ゆうぐから はなれ、まん中へ 体いくかん → まん中に あつまり、頭を まもる かいだん → てすりを もって しゃがむ

きまりは 一つ だけ です。じしんなら「上から 何も おちて こない ところ」、火じなら「けむりの 来ない ほうへ」。どこに いても、この 2つで 決められます。そして、落ちついたら クラスの ならぶ 場しょへ 行く。先生は そこで 数を 数えるので、そこに 立って いれば「いる」と 分かって もらえます。

学校の どこに 何が あるかは、がっこうたんけん で 一度 歩いて います。あの ときに 見た 出口や かいだんが、ここで 役に 立ちます。

家に いる ときの やくそく

学校の ひなん訓練が できる ように なったら、家でも 同じ ことを 決めて おきます。決める ことは 3つ だけ です。

この「会う 場しょ」を 決めて いないと、家ぞくが おたがいを さがして 町の 中を 行ったり 来たり します。それが いちばん あぶない 動き方 です。まちの 中の あぶない ところの 見方は つうがくろたんけん と 同じ 目で さがせます。

つまずきやすい ところ

やって みよう

Q1 「おかしも」の 4つを、いみと いっしょに 言えますか。

A おさない・かけない・しゃべらない・もどらない。どれも「道を ふさがない ため」「先生の 声を 消さない ため」の やくそく です。

Q2 教室で じしんが おきました。さいしょに する ことは?

A つくえの 下に 入って、つくえの 足を 手で もつ。外に 出るのは ゆれが おさまって、先生の 合図が あって から です。

Q3 火じの とき、なぜ こしを 低く して 進むのですか。

A けむりは 天じょうの ほうから たまる ので、すえる 空気は 下の ほうに のこって いる から です。

Q4 休み時間に こうていで ベルが 鳴りました。先生は そばに いません。どうしますか。

A 木や ゆうぐから はなれて こうていの まん中へ 行き、落ちついたら クラスが ならぶ 場しょ に 立ちます。校しゃの 中へ もどっては いけません。

まとめ

おうちの方へ

避難訓練は 学校で 年に 数回 行われますが、お子さんの 記憶に 残るかどうかは 家庭で 一度 話題に したか で 大きく 変わります。「今日 訓練だったでしょう、どこに 並んだ?」と 聞くだけで、その 日の 動きが 言葉に なり、定着します。
重要なのは、地震と 火災で 初動が 正反対 だという点です。地震は「その場で 頭を 守って 待つ」、火災は「低い 姿勢で すぐ 離れる」。子どもは 避難=外へ 走る と 単純化しがちで、揺れている 最中に 廊下へ 飛び出す のが 典型的な 危険行動です。屋内での 落下物・ガラスの 危険について、家の どの 場所が 安全かを 実際に 指さしながら 確認してください。
家庭で 決めておく 実務は 3つです。①屋内の 安全な 場所 ②屋外の 合流場所(学校・公園など 名前で 言える所) ③遠方の 親族を 連絡先に する こと。大規模災害では 被災地の 中どうしの 通話ほど つながりにくく なる ため、離れた 土地を 経由する 方が 連絡が 通りやすく なります。災害用伝言ダイヤル(171)の 使い方も、体験利用日に 一度 親子で 試して おくと 確実です。
なお ここで 身につく「事前に 決めておく → その場では 実行だけ する」という 型は、4年生の 社会科「自然災害にそなえる」で 地域や 行政の 備え として もう一度 学び直します。1年生の 段階では 知識を 増やす 必要は なく、体が 迷わず 動く こと だけを 目標に してください。