手を挙げられないのは、はずかしいからだけではありません。多くの場合、言うことばが用意できていないのです。
算数の時間に、こんな問題が出たとします。
あなたは85×6のひっ算をして、480と書きました。けれど、なんとなく合っていない気がします。ここで先生を呼びます。言い方は二通りです。
Aと言われた先生にできることは、ほとんどありません。問題文の読み方から説明を始めるか、「どこが?」と聞き返すかのどちらかです。前者だと、あなたがすでに分かっている部分まで一からくり返されます。後者だと、結局あなたがもう一度考えて答えなければなりません。Aは、先生に仕事を全部あずけてしまう言い方なのです。
Bだと何が起きるか。先生はあなたの480を見て、一の位から確かめます。5×6は30。ここで0を書いて3をくり上げる。次に8×6は48で、くり上がりの3を足して51。だから正しくは510です。あなたは、くり上がりの3を足し忘れて480にしていた、と数十秒で分かります。あとは1000-510で、おつりは490円です。
AとBで、あなたの学力は1ミリも変わっていません。変わったのはことばだけです。それでも、返ってくるものはまるで別物になりました。質問のしかたというのは、そういう種類の技術です。
通じる質問には、決まった中身が三つあります。順番に言うだけで形になります。
さっきのBは、この三つを短く言っただけのものでした。①85×6の問題、②480と出した、③自信がない。たったこれだけで、相手はどこを見ればいいか分かります。
この三つの中でいちばん大事なのは、じつは②の「どこまでやったか」です。①は先生も見れば分かります。③は、うまく言えないことも多い。けれど②があれば、相手はあなたの頭の中を途中から追いかけられます。まちがっていてもかまいません。というより、まちがった途中こそがいちばん役に立つ情報です。480という数字があったから、くり上がりの足し忘れだと特定できたのです。
だから、何も書いていない状態で聞きに行くのは、じつは損なやり方です。えんぴつが止まっているなら、まず1行でいいので書く。「ここまでは書けた」を作ってから聞きに行くと、同じ時間で返ってくる中身が濃くなります。
ひとくちに「わからない」と言っても、中身はちがいます。分けると、聞く相手さえ変わります。
①は、多くの場合ひとりで片づきます。国語辞典を引けばすむからです。先生を待つ時間より、辞書を引くほうが早い。②は教科書の同じ単元のページに、たいてい例がのっています。まず教科書にもどる。③は友達と答えを見せ合うだけで解決することがあります。そして④こそ、先生に聞く値打ちがいちばん高いところです。
この四つのどれなのかを自分で決めるだけで、質問は勝手に具体的になります。「わかりません」としか言えなかった子が、「④です。何を出せばいいのかが分かりません」と言えるようになると、教室での止まっている時間がはっきり短くなります。
ついでに言うと、①から④に進むほど、ひとりでは解決しにくくなります。だから①②を自分で試してから、③④を人に持っていく。この順番が、いちばんむだが少ない道すじです。
四つあります。どれも、よくやってしまうものです。
その1:答えだけを聞く。「答えは何ですか」と聞くと、答えは手に入りますが、次の問題でまた止まります。聞くべきなのは答えではなく、答えにたどりつく道のほうです。「510になる理由を教えてください」と言えば、同じ一回で次も使えるものが残ります。
その2:ぜんぶ分からないと言う。本当にぜんぶ分からないことは、まずありません。問題文の漢字は読めたはずですし、パンを買う話だということも分かったはずです。「ぜんぶ」と言ってしまうと、分かっている部分まで説明され、時間だけが過ぎます。
その3:だまって待つ。手を挙げずに、先生が来るのを待つ。これはいちばん多い止まり方です。先生は、あなたが止まっていることに気づけません。止まっていることを外に出すまでが自分の仕事だと考えてください。
その4:分かっていないのに「はい」と言う。これがいちばんもったいない。説明の途中で分からなくなったのに、うなずいて終わらせてしまう。そのときは終わっても、家に帰ると何も残っていません。
「はい」と言ってしまうクセは、意志の力ではなおりません。かわりに、言うことばを決めておくと止まります。説明が終わったら、こう返します。
このとき、聞いたことばをそのまま返してはいけません。「5×6は30で、0を書いて3をくり上げるんですね」ではオウム返しです。言えたのはあなたの耳であって、頭ではありません。そうではなく、自分のことばに置きかえて返します。
置きかえようとすると、分かっていない部分でことばが出てこなくなります。そこがまさに、まだ分かっていない場所です。つまりこのひとことは、返事であると同時に自分用のテストにもなっています。うまく言いかえられなかったら、「すみません、そこがまだ分かりません」ともう一度聞けばいい。二回目を聞くのは、はずかしいことではありません。一回目で分かったふりをするほうが、ずっと損です。
この言いかえは、ノートにも書けます。教わったことを教わったことばのまま書き写すと、あとで読んでも思い出せません。自分のことばに直してから書いたものだけが、後日の自分に通じます。
聞く中身が決まったら、最後は相手と時間です。
授業中に手を挙げて聞くと、同じところで止まっているクラスの何人かが同時に助かります。話し合いの場では、質問は自分だけのものではなく、その場の全員のものになります。だから、みんなが同じ問題に取り組んでいるあいだの質問は、授業中に出すのがいちばん値打ちがあります。
いっぽう、自分だけが前の単元でつまずいている場合は、授業中より休み時間や放課後のほうが向いています。時間をかけて前にもどる必要があるからです。「前の単元にもどりたいのですが、放課後に聞いてもいいですか」と先約を取ると、先生も準備ができます。
家の人に聞くときは、一つだけ注意があります。教わり方が学校とちがうことがある、ということです。やり方が二つあると、かえって混乱します。「学校ではこう習った」と先に言ってから聞くと、家の人も学校のやり方に合わせて説明できます。
その1:質問を考えているうちに授業が進んでしまう。完ぺきな質問文を作ろうとしなくていいのです。三点セットのうち②だけでも構いません。「480になりました」と見せれば、続きは相手が聞いてくれます。
その2:同じことを何度も聞いては悪いと思う。一度聞いたのに分からないなら、聞き方か説明のしかたが合っていなかっただけです。「前に教わったのですが、◯◯のところがまだです」と、前回の続きであることを伝えれば、相手はちがう説明を選んでくれます。
その3:質問できる子がえらいと思ってしまう。質問は性格ではなく手順です。声の大きさや積極さの話ではありません。ノートのすみに三点セットをメモしてから行く子は、静かな子でも十分に質問できています。
Q1 「音読の宿題で、読めない漢字がある」を、三点セットの形にして言いましょう。
A 例:「①音読の宿題の3ページ目で、②最初から読んでいったのですが、③この漢字の読み方が分かりません」。①場所、②どこまで、③止まった一点の順です。
Q2 「『ようやく』ってどういう意味?」は、四つの分け方のどれですか。まず何をすればいいでしょう。
A ①ことばが分からないです。まず国語辞典を引きます。人を待つより自分で引くほうが早く終わります。
Q3 85×6を480と書いてしまいました。正しい答えと、まちがえた場所を言いましょう。
A 5×6=30で0を書き3をくり上げ、8×6=48に3を足して51。正しくは510です。まちがいはくり上がりの3を足し忘れたところ。1000円さつなら、おつりは490円になります。
Q4 説明を聞き終わったあと、分かったふりをしないために言うことばは何でしたか。
A 「つまり、◯◯ということですか」。ただし聞いたことばをそのまま返すオウム返しではなく、自分のことばに置きかえて言います。
Q5 クラス全員が同じ問題を解いている最中に分からなくなりました。授業中と放課後、どちらで聞くのが得ですか。
A 授業中です。同じところで止まっている人が同時に助かるので、質問一つの値打ちがいちばん大きくなります。
「分からないなら先生に聞きなさい」と言われて聞けるようになる子は、あまり多くありません。聞く勇気が足りないのではなく、聞くための文が頭の中にないからです。この記事の三点セットは、その文をあらかじめ用意しておくためのものです。
ご家庭では、質問の内容そのものより②どこまでやったかを言えたときにこそ反応してあげてください。「ここまでできてたのね」と言われた経験が、まちがった途中を人に見せることへの抵抗をへらします。逆に、まちがった式を見て先に正解を教えてしまうと、次からは何も見せずに答えだけを聞きに来るようになります。
もう一つおすすめしたいのが、教わったあとの言いかえを家で練習することです。お子さんに何かを説明したら、「つまりどういうこと?」と一度だけ返してみてください。すらすら言えたときは本当に分かっています。詰まったときは、叱らずにそこだけもう一度説明すれば十分です。
なお、学校での教わり方とご家庭でのやり方が食いちがうと、お子さんは板ばさみになります。「学校ではどう習った?」から入っていただくと、この記事で伝えた聞き方と無理なくつながります。