6年 社会 鎌倉〜江戸時代

鎌倉〜江戸時代 ── 武士が政治を動かした700年

貴族の時代が終わり、武士の時代が始まります。

武士の登場と鎌倉幕府

平安時代の後半、武士が力を持ち始めます。

武士が生まれた背景 地方で土地を持つ者が 自分の土地を守る必要 ↓ 武装するようになる ↓ 集団を作る(武士団) ↓ やがて中央の政治にも影響

やがて源平の争いが起こり、1185年に平氏が滅びます。この戦いを描いたのが、国語で学ぶ『平家物語』です。

1192年、源頼朝が征夷大将軍になり、鎌倉幕府が成立しました。

なぜ鎌倉か ・三方を山、一方を海に囲まれる → 守りやすい ・京都から離れている → 貴族の影響を受けにくい

幕府と武士は、御恩と奉公で結ばれていました。

御恩と奉公 【御恩】将軍 → 武士 土地を与える、権利を保証する 【奉公】武士 → 将軍 戦いに参加する、警備を担当する → 「土地」で結ばれた関係

13世紀後半、元寇が起こります。

元寇 1274年 文永の役 1281年 弘安の役 元(モンゴル帝国)が来襲 ↓ 武士たちが必死に戦う ↓ 暴風雨もあり、元は撤退

しかし、これが幕府の衰退を招きました。

なぜ衰退したか 防衛戦なので新しい土地が得られない ↓ 戦った武士に御恩を与えられない ↓ 武士の不満が高まる → 「御恩と奉公」のしくみが崩れた

1333年、鎌倉幕府は滅亡します。

室町時代と戦国時代

1338年、足利尊氏が室町幕府を開きます。

この時代の文化は、今の日本文化の源になっています。

文化内容
金閣足利義満が建てた。豪華
銀閣足利義政が建てた。簡素で深み
書院造床の間、たたみ、ふすま → 和室の原型
能・狂言観阿弥・世阿弥が大成
茶の湯後に千利休が完成
水墨画雪舟が大成

書院造は、今の和室そのものです。たたみ、ふすま、床の間。この時代に形ができました。

1467年、応仁の乱が起こります。

応仁の乱 将軍のあとつぎ争いから 11年続く大戦乱 ↓ 京都が焼け野原に ↓ 幕府の権威が失墜 ↓ 戦国時代へ

戦国時代は、下剋上の時代でした。下の者が上の者を倒して力を得る。家がらより実力がものを言ったのです。

この時代、ヨーロッパとの接触が始まります。

1543年 鉄砲伝来(種子島) 1549年 キリスト教伝来(ザビエル) もたらされたもの ・鉄砲 → 戦い方が変わる ・時計、地球儀、めがね ・パン、カステラ、てんぷら

鉄砲は、戦いを一変させました。個人の武勇より、集団戦術と経済力が重要になったのです。

天下統一

3人の武将が、統一への道を進めました。

人物主な業績
織田信長鉄砲を活用、楽市楽座、比叡山焼き討ち
豊臣秀吉天下統一、検地、刀狩
徳川家康関ヶ原の戦いに勝ち、江戸幕府を開く

信長は、古い秩序を壊しました。

楽市楽座 市での税を免除 同業組合の特権を廃止 ↓ 誰でも自由に商売できる ↓ 商業が活発になる ↓ 城下町が栄える

秀吉の政策は、社会のしくみを変えました。

検地 全国の田畑の面積と 収穫量を調べる → 年貢を確実に取れる 刀狩 農民から武器を取り上げる → 一揆を防ぐ → 武士と農民を分ける → 兵農分離 → 身分が固定される

この兵農分離が、江戸時代の身分制度の土台になります。

1600年、関ヶ原の戦いで家康が勝利。1603年、江戸幕府が開かれました。

江戸幕府のしくみ

江戸幕府は、約260年続きました。なぜこれほど長く続いたのでしょうか。

支配のしくみ ① 大名の配置を工夫 親藩・譜代 … 重要な場所 外様 … 遠い場所 ② 武家諸法度 大名を統制する法 ③ 参勤交代 大名は江戸と領地を 1年おきに往復 妻子は江戸に住まわせる

参勤交代には、大きな効果がありました。

参勤交代の効果 ・大名の財力を弱める (移動と江戸滞在に大金) ・妻子が人質になる ・幕府への忠誠を示させる 副次的な効果 ・街道が整備される ・宿場町が栄える ・文化や情報が全国に広がる

また、身分制度で社会を固定しました。

身分 武士 … 支配する(人口の約7%) 百姓 … 農業(約85%) 町人 … 商工業(約5%) → 身分は変えられない → 生まれた家で決まる

そして、鎖国という政策がとられます。

鎖国の理由 ・キリスト教の広まりを防ぐ (神への忠誠が幕府より 優先されると困る) ・貿易の利益を独占 ・外国の影響を排除
鎖国下の窓口 長崎 … オランダ・中国と貿易 対馬 … 朝鮮 薩摩 … 琉球 松前 … アイヌ → 完全に閉じていたわけではない

この安定が、長い平和をもたらしました。

江戸時代の文化と学問

平和が続いたことで、庶民の文化が花開きます。

分野代表内容
浮世絵葛飾北斎、歌川広重庶民が買える版画
俳句松尾芭蕉『おくのほそ道』
歌舞伎市川団十郎ら庶民の娯楽
人形浄瑠璃近松門左衛門人形劇
国学本居宣長『古事記伝』
蘭学杉田玄白ら『解体新書』

浮世絵は、後にヨーロッパの画家にも影響を与えました。

教育の広がり 寺子屋 → 読み書きそろばんを教える → 全国に約1万5000か所 結果 江戸時代末の識字率は 世界でもトップクラス → 明治の急速な発展を支えた

庶民が字を読めたことが、次の時代の力になったのです。

一方で、問題も蓄積していきました。

江戸後期の課題 ・ききんによる百姓一揆 ・幕府の財政悪化 ・外国船の来航 ・身分制度への不満 → 幕府の力が弱まっていく

700年を通して見る

武士の時代を、大きな流れでとらえましょう。

流れ 【鎌倉】武士が政権を握る → 御恩と奉公 → 元寇で崩れる 【室町】幕府は弱く、文化が育つ → 今の和文化の源 → 応仁の乱から戦国へ 【戦国】実力の時代 → 下剋上 → 鉄砲とヨーロッパ 【江戸】安定と統制 → 身分制度、鎖国 → 長い平和と庶民文化

共通するのは、「どう支配を安定させるか」という課題です。

それぞれの答え 鎌倉 … 土地で結ぶ(御恩と奉公) 室町 … 弱く、安定しなかった 江戸 … 制度で縛る (参勤交代、身分、鎖国) → 江戸がいちばん長く続いた

ただし、安定には代償もありました。

安定の代償 ・身分が変えられない ・海外の変化に取り残される ・新しい技術が入りにくい → 幕末に大きな問題となる

この点が、次の時代「明治維新」につながっていきます。

つまずきやすいところ

その1 時代の順番が分からない

室町と鎌倉を逆に覚える。
鎌倉 → 室町 → 戦国 → 江戸。幕府の所在地で覚えると整理できます。

その2 元寇で幕府が衰えた理由

勝ったのになぜ弱まるか疑問。
防衛戦で土地が得られず、恩賞を与えられなかったためです。

その3 鎖国を完全な閉鎖だと思う

まったく交流がなかったと考える。
長崎・対馬・薩摩・松前の4つの窓口がありました。管理された交流です。

やってみよう

Q1 御恩と奉公とは何ですか。

A 将軍が土地を与え、武士が戦いで奉仕する関係です。

Q2 刀狩の目的は何ですか。

A 一揆を防ぎ、武士と農民を分けるためです。身分の固定につながりました。

Q3 参勤交代の効果を2つ言いましょう。

A 大名の財力を弱めることと街道や宿場が発達することです。

Q4 近くに城や城下町の名残があるか調べてみましょう。

A 地名や道の形に、当時の面影が残っていることがあります。

まとめ

おうちの方へ

700年という長い期間を扱うため、混乱しやすい単元です。幕府の所在地(鎌倉→京都→江戸)で整理すると、順番が覚えやすくなります。
年表を作る活動もおすすめです。手を動かすと流れがつかめます。
城や城下町、寺社など、実物が残っている場所は多くあります。旅行の機会に訪れると、歴史が身近になります。
室町文化が今の和室や茶道、能につながっていることも、興味を引く話題です。「たたみの部屋はこの時代にできた」と知ると、日常が歴史とつながります。
江戸時代の識字率の高さは、教育の大切さを示す例です。庶民が字を読めたことが、次の時代の発展を支えました。