6年生の社会は、ここから始まります。すべての法律の土台です。
日本には、たくさんの法律があります。その一番上にあるのが憲法です。
憲法に反する法律は、効力を持ちません。これを「憲法は最高法規である」といいます。
そして、憲法にはふつうの法律とちがう性質があります。
これが立憲主義という考え方です。
憲法は、国民を守るためのものなのです。
日本国憲法には、3つの柱があります。
それぞれ見ていきましょう。
これは、以前とは大きくちがう点です。
国民主権は、選挙という形で実現されます。
ここで重要なのは、「生まれながらに持っている」という点です。
この考え方は、長い歴史の中で勝ち取られてきたものです。
これは、戦争の反省から生まれました。
第二次世界大戦で、日本は大きな被害を受け、また与えました。その経験から、戦争をしないと決めたのです。
日本国憲法は、1946年に公布、1947年に施行されました。
戦争の記憶が生々しい時期に作られました。
とくに自由が奪われた経験は重要です。
基本的人権が大切にされるのは、失った経験があるからなのです。
憲法は、遠い話ではありません。日常のあちこちにあります。
| 身近なこと | 関わる権利 |
|---|---|
| 学校に通える | 教育を受ける権利 |
| 好きな本を読める | 思想・表現の自由 |
| どこに住んでもよい | 居住・移転の自由 |
| 働いてお金をもらう | 勤労の権利 |
| 病院で治療を受けられる | 生存権 |
| 信じるものを選べる | 信教の自由 |
当たり前だと思っていることが、実は憲法で保障されているのです。
そして、権利には義務も伴います。
①は、大人が子どもに対して負う義務です。子どもは「教育を受ける権利」を持ち、大人は「受けさせる義務」を負います。
基本的人権は大切ですが、無制限ではありません。
「公共の福祉」に反する場合は、制限されることがあります。
例
・表現の自由はあるが、他人を傷つける表現は許されない
・移動の自由はあるが、他人の家に勝手に入れない
・営業の自由はあるが、危険なものは売れない
つまり、他人の権利を侵さない範囲で自由なのです。
「自分の権利を主張することは、他人の権利も認めること」。ここが理解の要です。
日本国憲法で、天皇は「日本国の象徴」と定められています。
国事行為とは、憲法で決められた形式的な仕事です。
明治憲法では天皇が主権者でしたが、日本国憲法では象徴という立場に変わりました。
これも、国民主権の表れです。
憲法も、変えることはできます。ただし、手続きが厳しく定められています。
なぜ厳しいのでしょうか。
そして、最終的に決めるのは国民です。国民投票があるのは、国民主権の表れです。
日本国憲法は、施行以来一度も改正されていません。世界的にも珍しいことです。
6年生の段階では、どちらが正しいかを決める必要はありません。「そういう議論がある」と知り、自分で考える土台を作ることが大切です。
どちらも「守るルール」だと考える。
法律は国民が守る、憲法は国が守るものです。向きが逆です。
国が認めてくれた権利だと考える。
誰かに与えられたのではなく、生まれた瞬間からそなわっているものです。だから国も奪えません。
何をしてもよいと考える。
自由が認められるのはまわりの人の自由をうばわない場合に限られます。主張する側にも、相手を認める責任があります。
Q1 日本国憲法の三原則を言いましょう。
A 国民主権・基本的人権の尊重・平和主義です。
Q2 憲法は誰が守るルールですか。
A 国(権力)が守るルールです。国民を守るためにあります。
Q3 憲法を変えるには何が必要ですか。
A 国会の発議(3分の2以上)と国民投票での過半数の賛成です。
Q4 自分の1日を振り返り、憲法で守られている権利を探してみましょう。
A 学校に行く、本を読む、好きなことを話す。当たり前のことが権利として保障されています。
憲法は、6年生社会の中でも抽象度の高い内容です。しかし、暮らしと結びつけると理解しやすくなります。
「学校に行けるのは権利」「好きな本を読めるのも権利」といった具体例から入ると、身近に感じられます。
「憲法は国を縛るもの」という立憲主義の考え方は、大人でも誤解しがちです。ここを正確に伝えると、憲法の意味が見えてきます。
権利の限界についても話し合う価値があります。「自由だから何をしてもいい」ではなく、「他人の自由も認める」ことが前提です。これは学校生活でも役立つ考え方です。
憲法改正の議論については、6年生の段階では立場を決める必要はありません。「いろいろな意見がある」と知ることが第一歩です。