進んだ文化を学ぶ時代から、独自の文化を生む時代へ。
6世紀末、聖徳太子が政治の中心に立ちました。
聖徳太子は、いくつもの改革を行いました。
| 政策 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 冠位十二階 | 能力で位を決める | 家がらでなく実力で登用 |
| 十七条の憲法 | 役人の心得を示す | 天皇中心の政治を確立 |
| 遣隋使 | 中国へ使いを送る | 進んだ制度・文化を学ぶ |
| 仏教の保護 | 法隆寺などを建てる | 思想で国をまとめる |
とくに冠位十二階は画期的でした。
十七条の憲法は、今の憲法とはちがい、役人への心得です。
そして、遣隋使で送った手紙は有名です。
645年、大化の改新が始まります。
そして、701年に大宝律令が完成します。
この時代の税は、農民にとって重いものでした。
| 税の名前 | 内容 |
|---|---|
| 租 | 収穫した稲の約3% |
| 調 | 布や地方の特産物 |
| 庸 | 労役の代わりの布 |
| 雑徭 | 年間60日以内の労働 |
| 兵役 | 兵士として勤める |
とくに防人は、九州の防衛にあたる兵役で、厳しいものでした。
710年、平城京に都が移りました。
この時代を代表するのが東大寺の大仏です。
大仏の建造は、国家的大事業でした。
この事業には、行基という僧が協力しました。
奈良時代には、書物も編さんされました。
万葉集には、身分を問わず歌が収められています。当時の人々の心が、直接伝わってくる貴重な資料です。
794年、平安京に都が移ります。
平安時代は、約400年続きました。
やがて、藤原氏が力を持つようになります。
頂点に立ったのが藤原道長です。
道長は4人の娘を天皇のきさきにし、権力を確立しました。
894年、遣唐使が停止されます。
これをきっかけに、日本独自の文化が育ちます。
最大の成果がかな文字です。
かな文字によって、文学が花開きました。
| 作品 | 作者 | 種類 |
|---|---|---|
| 源氏物語 | 紫式部 | 長編物語 |
| 枕草子 | 清少納言 | 随筆 |
| 土佐日記 | 紀貫之 | 日記 |
| 古今和歌集 | 紀貫之ら | 和歌集 |
注目すべきは、女性が中心だったことです。
『源氏物語』は世界最古級の長編小説とされ、今も世界中で読まれています。
国語の「古典」で学ぶ作品が、この時代に生まれたのです。
この3つの時代を、大きな流れで見てみましょう。
学ぶ → 取り入れる → 自分のものにするという流れです。
この特徴は、今も続いています。外国のものを取り入れ、日本流にする。カレーライスもラーメンも、その例です。
歴史は、ばらばらの出来事の羅列ではありません。
前の時代の課題が、次の時代の動きを生みます。
豪族の争い → 聖徳太子の改革
天皇中心の国づくり → 律令国家
社会不安 → 大仏づくり
仏教勢力の政治介入 → 平安京へ遷都
遣唐使停止 → 国風文化
「なぜそうなったか」を追うと、歴史が物語として見えてきます。
飛鳥・奈良・平安の順が分からない。
飛鳥(〜710)→ 奈良(710〜794)→ 平安(794〜)。都の場所で覚えると整理できます。
同じようなものだと考える。
十七条の憲法は役人への心得です。今の憲法は国を縛るもので、性質がちがいます。
単に中国の影響がなくなったと考える。
学んだものを日本流に作りかえたのです。ゼロから作ったわけではありません。
Q1 冠位十二階の目的は何ですか。
A 家がらでなく能力で人を登用するためです。優秀な人材を集める改革でした。
Q2 聖武天皇が大仏を作らせた理由は?
A 伝染病や災害で社会が不安定だったため、仏教の力で国を守ろうとしました。
Q3 かな文字ができて、何が変わりましたか。
A 日本語を自由に書けるようになり、女性による文学が花開きました。
Q4 外国のものを日本流に変えた例を、身のまわりから探してみましょう。
A カレーライス、ラーメン、パン、カタカナ語など。この特徴は今も続いています。
この時代は、人物名や年号が多く、暗記に走りがちです。しかし、「なぜそうしたのか」を追うと、物語として理解できます。
「豪族が争っていたから聖徳太子は改革した」「社会が不安だったから大仏を作った」。因果関係でつなぐと、記憶にも残ります。
法隆寺や東大寺、平城京跡など、実物が残っています。旅行の機会があれば、ぜひ訪れてみてください。写真とはちがう迫力があります。
国語の古典学習ともつながります。『枕草子』『源氏物語』がこの時代の作品だと知ると、両方の理解が深まります。
「外から取り入れて日本流にする」という文化の特徴は、現代にも通じる話題です。身のまわりの例を探すと面白い発見があります。