6年 社会 飛鳥・奈良・平安時代

飛鳥・奈良・平安時代 ── 中国に学び、日本らしさを作る

進んだ文化を学ぶ時代から、独自の文化を生む時代へ。

聖徳太子の政治

6世紀末、聖徳太子が政治の中心に立ちました。

当時の課題 ・豪族が争っている ・天皇の力が弱い ・中国(隋)は強大な統一国家 → 国をまとめる必要があった

聖徳太子は、いくつもの改革を行いました。

政策内容目的
冠位十二階能力で位を決める家がらでなく実力で登用
十七条の憲法役人の心得を示す天皇中心の政治を確立
遣隋使中国へ使いを送る進んだ制度・文化を学ぶ
仏教の保護法隆寺などを建てる思想で国をまとめる

とくに冠位十二階は画期的でした。

それまで 家がらで地位が決まる ↓ 冠位十二階 能力や功績で位を与える ↓ 優秀な人材を登用できる

十七条の憲法は、今の憲法とはちがい、役人への心得です。

有名な条文 「和をもって貴しとなす」 → 争わず、話し合いを大切に 「あつく三宝を敬え」 → 仏教を大切にせよ 「詔(天皇の命令)を承っては 必ず慎め」 → 天皇の命令に従え

そして、遣隋使で送った手紙は有名です。

小野妹子が持参した国書 「日出づる処の天子、書を 日没する処の天子に致す」 → 日本と中国を対等に扱った → 隋の皇帝は不機嫌になったという → 従属せず、対等を主張

大化の改新から律令国家へ

645年、大化の改新が始まります。

大化の改新 中大兄皇子と中臣鎌足が 権力をふるっていた蘇我氏を倒す ↓ 天皇中心の国づくりを進める 改革の中身 ・公地公民 (土地と人民は国のもの) ・班田収授 (国が田を分け与える) ・税の制度を整える

そして、701年に大宝律令が完成します。

律令とは 律 … 刑法(罪と罰) 令 … 行政法(政治のきまり) → 中国(唐)の制度をまねて作った → 法にもとづく国家の完成

この時代の税は、農民にとって重いものでした。

税の名前内容
収穫した稲の約3%
調布や地方の特産物
労役の代わりの布
雑徭年間60日以内の労働
兵役兵士として勤める

とくに防人は、九州の防衛にあたる兵役で、厳しいものでした。

防人の歌(万葉集) 遠く家族と離れ 帰れるか分からない ↓ 多くの歌が残されている → 庶民の気持ちが 今に伝わる

奈良時代

710年、平城京に都が移りました。

平城京 中国の長安をまねて作られた 碁盤の目のような区画 人口約10万人 → 本格的な都

この時代を代表するのが東大寺の大仏です。

大仏づくり 聖武天皇が命じた(743年) 背景 ・伝染病の流行 ・災害 ・貴族の反乱 → 社会が不安定 仏教の力で国を守ろうとした (鎮護国家)

大仏の建造は、国家的大事業でした。

大仏の規模 高さ 約15m 使った銅 約500トン のべ260万人以上が働いた (当時の人口の約半分) → 国力を注ぎこんだ

この事業には、行基という僧が協力しました。

行基 各地で橋やため池を作り 民衆から慕われていた ↓ 朝廷に協力を求められる ↓ 多くの人を集めた → 民衆の力なしには 完成しなかった

奈良時代には、書物も編さんされました。

この時代の書物 『古事記』(712年) 『日本書紀』(720年) → 国の成り立ちを記す 『風土記』 → 地方の産物や伝説 『万葉集』 → 天皇から庶民まで 約4500首の歌

万葉集には、身分を問わず歌が収められています。当時の人々の心が、直接伝わってくる貴重な資料です。

平安時代の始まり

794年、平安京に都が移ります。

遷都の理由 ・仏教勢力が政治に 口を出しすぎた ・新しい体制を作りたい → 桓武天皇が決断

平安時代は、約400年続きました。

やがて、藤原氏が力を持つようになります。

藤原氏のやり方 娘を天皇のきさきにする ↓ 生まれた子が天皇になる ↓ 自分は天皇の祖父に ↓ 摂政・関白として実権を握る → 「摂関政治」

頂点に立ったのが藤原道長です。

道長の歌 「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」 → この世は自分のもの 満月のように欠けたところがない → 絶大な権力を表す

道長は4人の娘を天皇のきさきにし、権力を確立しました。

国風文化

894年、遣唐使が停止されます。

停止の理由 ・唐が衰えてきた ・航海の危険が大きい ・すでに学ぶべきものは学んだ → 菅原道真の提案で中止

これをきっかけに、日本独自の文化が育ちます。

国風文化 中国の影響を消化して 日本らしい形に ・かな文字の発達 ・日本的な絵(大和絵) ・寝殿造の住宅 ・十二単、束帯

最大の成果がかな文字です。

かな文字の誕生 漢字は中国語を書くための文字 ↓ 日本語を書くには不便 ↓ 漢字をくずして ひらがな・カタカナを作る ↓ 日本語を自由に書けるように

かな文字によって、文学が花開きました

作品作者種類
源氏物語紫式部長編物語
枕草子清少納言随筆
土佐日記紀貫之日記
古今和歌集紀貫之ら和歌集

注目すべきは、女性が中心だったことです。

なぜ女性が活躍したか 男性は公式には漢文を使った ↓ かな文字は「女手」と呼ばれた ↓ 女性が日常的に使った ↓ かな文字による文学が発達 → 制約が創造を生んだ

『源氏物語』は世界最古級の長編小説とされ、今も世界中で読まれています。

国語の「古典」で学ぶ作品が、この時代に生まれたのです。

時代の流れをつかむ

この3つの時代を、大きな流れで見てみましょう。

流れ 【飛鳥】 中国に学び、国の形を整える → 聖徳太子、大化の改新 【奈良】 律令国家が完成 仏教の力で国を守る → 平城京、大仏 【平安】 中国との交流が減り 独自の文化が育つ → 国風文化、かな文字

学ぶ → 取り入れる → 自分のものにするという流れです。

日本の文化の特徴 外から取り入れる ↓ 日本に合うよう作りかえる ↓ 独自のものにする 例 漢字 → かな文字 仏教 → 日本独自の宗派 中国の建築 → 寝殿造

この特徴は、今も続いています。外国のものを取り入れ、日本流にする。カレーライスもラーメンも、その例です。

歴史のつながりを見る

歴史は、ばらばらの出来事の羅列ではありません。
前の時代の課題が、次の時代の動きを生みます。

豪族の争い → 聖徳太子の改革
天皇中心の国づくり → 律令国家
社会不安 → 大仏づくり
仏教勢力の政治介入 → 平安京へ遷都
遣唐使停止 → 国風文化

「なぜそうなったか」を追うと、歴史が物語として見えてきます。

つまずきやすいところ

その1 時代の順番があいまい

飛鳥・奈良・平安の順が分からない。
飛鳥(〜710)→ 奈良(710〜794)→ 平安(794〜)。都の場所で覚えると整理できます。

その2 十七条の憲法を今の憲法と混同する

同じようなものだと考える。
十七条の憲法は役人への心得です。今の憲法は国を縛るもので、性質がちがいます。

その3 国風文化の意味が分からない

単に中国の影響がなくなったと考える。
学んだものを日本流に作りかえたのです。ゼロから作ったわけではありません。

やってみよう

Q1 冠位十二階の目的は何ですか。

A 家がらでなく能力で人を登用するためです。優秀な人材を集める改革でした。

Q2 聖武天皇が大仏を作らせた理由は?

A 伝染病や災害で社会が不安定だったため、仏教の力で国を守ろうとしました。

Q3 かな文字ができて、何が変わりましたか。

A 日本語を自由に書けるようになり、女性による文学が花開きました。

Q4 外国のものを日本流に変えた例を、身のまわりから探してみましょう。

A カレーライス、ラーメン、パン、カタカナ語など。この特徴は今も続いています。

まとめ

おうちの方へ

この時代は、人物名や年号が多く、暗記に走りがちです。しかし、「なぜそうしたのか」を追うと、物語として理解できます。
「豪族が争っていたから聖徳太子は改革した」「社会が不安だったから大仏を作った」。因果関係でつなぐと、記憶にも残ります。
法隆寺や東大寺、平城京跡など、実物が残っています。旅行の機会があれば、ぜひ訪れてみてください。写真とはちがう迫力があります。
国語の古典学習ともつながります。『枕草子』『源氏物語』がこの時代の作品だと知ると、両方の理解が深まります。
「外から取り入れて日本流にする」という文化の特徴は、現代にも通じる話題です。身のまわりの例を探すと面白い発見があります。