朝のテレビで、今日の最低気温が「-3℃」と出ます。エレベーターのボタンには「B1」があります。ゲームでしくじると点数が「-50」になります。マイナスの数は、算数の授業で一度も出てこないのに、日常のあちこちにふつうの顔で置かれています。ところが「0より小さい数」と言われると、とたんにあやしくなる。0より小さいものなんて、あるのでしょうか。じつはこのつまずきの原因ははっきりしていて、0を「数のいちばん下」だと思いこんでいることにあります。0ははしっこではなく、まんなかです。それが分かると、いままで「できません」と言われていた引き算まで、いきなりできるようになります。
先に正直に書いておきます。マイナスの数を正式に習うのは中学1年生です。小学校の算数の教科書では、6年生の最後に「中学校へのかけ橋」のような形でちらっと顔を出すことはあっても、計算のしかたまでは扱いません。
それなのにこの記事を書いたのは、みなさんのほうが先に出会ってしまっているからです。しかも一度や二度ではありません。冬の天気予報は毎朝マイナスを出しますし、デパートの地下も、スマートフォンの電池残量が減っていく画面の下にある数字も、そうです。出会う回数だけなら、分数よりずっと多いかもしれません。
| どこで見るか | 書き方 | 何を表しているか |
|---|---|---|
| 天気予報 | -3℃ | 水がこおる温度より3つ寒い |
| エレベーター | B1・B2 | 地面の高さより下の階 |
| ゲームの得点 | -50点 | スタートの0点より50点うしろ |
| 家の冷凍庫 | -18℃ | こおる温度より18も下 |
| 地図の標高 | -4m | 海の水面より4m低い土地 |
| おこづかい帳 | 赤い字 | 持っている分より使いすぎた |
ならんべてみると、ひとつ気づくことがあります。どの場面にも、「ここを0とする」と人が決めた場所が必ずあります。この記事のいちばん大事な話は、じつはここから始まります。
まず、マイナスがつけられない数のほうから見てみます。机の上のりんごを数えます。3こ、2こ、1こ、0こ。ここで止まります。りんごが「マイナス3こ」になることはありません。食べつくしたあとにもっと食べても、皿の上のりんごは0このままです。
では、なぜ温度は0の下へ行けるのでしょうか。りんごの0と、温度の0のちがいは何でしょう。
りんごの「0こ」は、本当に何もないという意味の0です。これ以上へらしようがないので、下がありません。
温度の「0℃」は、水がこおる温度をここにしよう、と人が決めた目じるしです。決めただけなので、その下に世界が続いています。0℃より寒い空気は、ちゃんと存在します。
この見分け方は、ほかの場面にもそのまま使えます。エレベーターの「地面の高さ」も人が決めた目じるしですし、ゲームの「スタートの0点」も、テストの平均点も、海の水面も、カレンダーの西暦1年も、全部だれかが決めた目じるしです。目じるしとして置かれた0には、下がある。個数のように「なくなったら終わり」の0には、下がない。
つまり、マイナスの数は「ものの数」ではありません。ものの数だと思うから、「マイナス3こって何?」と気持ち悪くなるのです。マイナスの数が表しているのは、決めた目じるしから、どちら向きに、どれだけはなれているかという情報です。向きと大きさのセット、と言いかえてもいいでしょう。
1年生のときにならった数の線を思い出してください。左はしが0で、そこから右へ1、2、3……とのびていました。このとき0は、線のはしっこにいました。
マイナスの数を入れるというのは、その線を左にも伸ばすということです。
この絵は、じつは見たことがあるはずです。温度計です。温度計をたおして横向きに置くと、いま見ている線とそっくり同じものになります。目もりが0のところに線が一本引いてあって、その上にも下にも目もりが続いている、あの道具です。
ここで、最初の思いこみがくずれます。「0より小さい数なんてあるのか」と思ってしまうのは、0を線のはしだと思っているからでした。はしの向こうには何もないはずだからです。ところが0はまんなかでした。まんなかの向こうには、ちゃんと続きがあります。
もうひとつ、この線から読み取れることがあります。0には、プラスもマイナスもつきません。「-0℃」という書き方を見たことがないのはそのためで、0は右側と左側の境目そのものだからです。どちら側でもないから、しるしがつかないのです。
さて、ここからがマイナスのいちばん引っかかるところです。質問です。
-5℃と-8℃。寒いのはどちらでしょう。
多くの人が一瞬まよいます。8のほうが5より大きいのだから、-8のほうが数として大きいような気がしてしまう。でも、寒いのは-8℃のほうです。そして「寒い=温度が低い=数として小さい」ですから、-8は-5より小さいが正解になります。
ルールはとてもかんたんです。数の線で左にあるほうが小さい。それだけです。プラスの世界ではこのルールと「数字が大きいほうが大きい」が一致していたので、区別する必要がありませんでした。マイナスの世界では、この二つがまっぷたつに分かれます。
| くらべるもの | 数字だけ見ると | 数として大きいのは |
|---|---|---|
| 5 と 8 | 8のほうが大きい | 8 |
| -5 と -8 | 8のほうが大きい | -5 |
| -5 と 3 | 5のほうが大きい | 3 |
| -100 と 1 | 100のほうが大きい | 1 |
いちばん下の行が、この表のおもしろいところです。-100と1をくらべると、数字としては100が1の百倍もあるのに、数としては1のほうが大きい。マイナスがついたしゅんかん、数字の大きさは「どれだけ小さいか」の目安に変わります。0から左へ100も進んだ場所にいる、という意味だからです。
続けて、もう一問。気温が-5℃から-8℃になりました。何℃、上がったか下がったかしましたか。
答えは「3℃下がった」です。数の線の上で、-5から-8までのへだたりは3つぶん。動いた向きは左、つまり寒いほうですから、下がったことになります。ここで「数字が5から8に増えたから上がった」と答えてしまう人はとても多いのですが、増えているのは0からのはなれぐあいであって、温度そのものではありません。
小学校では、3-5 のような式を書くと「それはできません」と言われてきました。3こしかないものから5こは取れないからです。りんごの話としては、まったく正しい説明です。
ところが、数の線を左へ伸ばしたいま、この式には答えがあります。
3から左へ5つ進むと、-2に着きます。とちゅうで0を通りすぎるだけで、進めなくなるわけではありません。答えは「できません」ではなく、-2でした。
この見方には、うれしいおまけがあります。たし算とひき算の意味が、一本に整理できるのです。
| 計算 | 数の線でやること | 答え |
|---|---|---|
| 3 + 4 | 3から右へ4つ進む | 7 |
| 3 - 5 | 3から左へ5つ進む | -2 |
| -3 + 5 | -3から右へ5つ進む | 2 |
| -3 - 2 | -3から左へ2つ進む | -5 |
たし算は右へ進むこと、ひき算は左へ進むこと。たったこれだけで、4つとも同じやり方で解けています。マイナスを入れると計算がややこしくなる、と思われがちですが、実際には逆のことが起きています。「できる場合とできない場合がある」というでこぼこがなくなって、どんな引き算にも必ず答えがある世界になるのです。
ここまでで、マイナスの数は数の線そのものだ、という話をしてきました。ところが、身のまわりでいちばんよく見るマイナス──エレベーターのB1やB2──は、じつは数の線ときっちり1つだけずれています。ここはおとなでもまちがえるところなので、ていねいに見ていきます。
問題です。3階にいます。地下2階まで下ります。何階ぶん下がったことになるでしょう。
数の線で計算するなら、地下2階は-2ですから、3から-2まで動いたことになります。へだたりは5つぶんです。ところが、エレベーターのボタンを実際に数えてみると、こうなります。
数の線では5、ボタンを数えると4。1つ足りません。どこへ消えたのでしょうか。
消えたのは0階です。日本のビルでは、地面の高さの階を「1階」とよびます。その下がいきなり「地下1階」です。つまり、数の線でいうと1の次が-1になっていて、0の席がありません。席が1つ抜けているぶんだけ、階を数えた答えは数の線より1つ少なくなります。
この抜け落ちは、日本だけのくせではありません。ただし、国によって事情がちがいます。イギリスなどでは地面の高さの階を「グラウンドフロア(G)」とよび、その上を1階、2階と数えます。この数え方だと、Gがちょうど0の席におさまるので、数の線とぴったり一致します。どちらが正しいかではなく、0の席を用意したかどうかのちがいです。
そして、まったく同じずれが、まったくちがう場所にもう一つあります。西暦です。紀元前1年の次の年は、西暦1年です。あいだに「西暦0年」はありません。ですから、紀元前5年に生まれた人が西暦5年に迎える年齢は、5+5で10歳ではなく、9歳になります。エレベーターとまったく同じ理由で、1つずれるのです。
身のまわりのマイナスを見るときは、いつもこの一点を確かめる習慣をつけると安全です。0の席があるか、ないか。温度計には0℃の目もりがあるので、そのまま計算できます。標高にも海面という0があります。エレベーターと西暦にはありません。
最後に、実際の生活でいちばんよく使う計算をやっておきます。気温の差です。
今朝の気温は-3℃、昼の気温は4℃でした。何℃上がったでしょう。
数の線の上で、-3から4まで歩いてみます。とちゅうで0を通りますから、二つに分けて数えるのが確実です。
7℃です。式で書けば 4-(-3)=7 ですが、この「マイナスをひくと増える」という形は中学で習うので、いまは数の線を二つに分けて数えるだけでじゅうぶんです。そのほうが、なぜ7になるのかも一緒に分かります。
ついでに、もっと大きな差も計算してみましょう。日本の気象台がこれまでに記録したいちばん低い気温は、北海道の旭川市で1902年1月25日に観測された-41.0℃です。家の冷凍庫の中はおよそ-18℃ですから、旭川のその日は冷凍庫の中よりさらに23℃も寒かったことになります。
ここまで「0の下にも世界が続いている」と言い続けてきました。では、どこまでも続くのでしょうか。
数としては、どこまでも続きます。-100の下には-1000があり、その下にもきりがありません。数の線に、左のはしはありません。
ところが、その線が表している「温度」のほうには、じつは底があります。どんなに冷やしても、およそ-273℃より下には行けないことが分かっています。これを絶対零度といいます。旭川の-41.0℃からでも、まだ232℃も下です。
ここは、ちょっと立ち止まる価値のあるところです。数には底がないのに、その数が表しているものには底がある。つまり-300℃という数を書くことはできますが、それに当たる寒さはこの世に存在しません。数と、数が表しているものは、別のものだということです。
同じことは、ほかの場面にも言えます。標高-4mの土地は日本にも実際にあって、秋田県の八郎潟を干拓してできた大潟村は、日本でいちばん低い土地として知られています。海の水面より4mほど低いのに、水びたしになっていません。堤防とポンプで水をおさえているからです。しかし標高-10000mの土地となると、数としては書けても、陸地としては存在しません。
Q1 冷凍庫の中は-18℃、外の気温は-3℃でした。どちらが寒く、その差は何℃でしょう。
A 冷凍庫のほうが寒く、差は15℃です。数の線で-18は-3より左にあるので、-18のほうが小さい=寒いと分かります。へだたりは-18から-3まで15つぶん。数字だけを見て「18と3だから21」としないよう気をつけてください。どちらも0より左にいるので、0をまたがないぶん、引き算は18-3でよいのです。
Q2 5階から地下1階までエレベーターで下りました。何階ぶん下がったでしょう。
A 5階ぶんです。5F→4F→3F→2F→1F→B1と、通過する階の切れ目は5つ。数の線で 5 から -1 までを数えると6つになりますが、日本のビルには0階の席がないので1つ少なくなります。「数の線で数えてから1をひく」と覚えるより、ボタンを順に指でたどるほうが確実です。
Q3 ゲームの持ち点が-30点から-10点になりました。点数は増えたのでしょうか、減ったのでしょうか。
A 20点増えました。数字は30から10へ小さくなっているので減ったように見えますが、数の線では-30より-10のほうが右にあります。右へ動いたのですから増えたことになります。このとき小さくなったのは点数ではなく、0からのはなれぐあいのほうです。あと10点とれば0点にもどれる、という状況です。
Q4 あるクラスで、テストの平均点を0として、平均より何点上か下かで記録することにしました。Aさんは+12、Bさんは-5でした。二人の点数の差は何点でしょう。
A 17点です。-5から0までが5、0から+12までが12で、合わせて17。ここで大事なのは、平均点が何点だったかを知らなくても差が出せることです。0をどこに置いたかが分からなくても、へだたりだけは計算できるのがこの書き方の便利なところです。
Q5 「りんごはマイナス3こにならないのに、おこづかいはマイナスになる」と言われました。何がちがうのでしょう。
A 0の意味がちがいます。皿の上のりんごの0は「本当に何もない」ので、それ以上へらせません。おこづかいの0は「持っているお金と使ったお金がつり合っている場所」という目じるしなので、使いすぎればその向こう側へ行けます。マイナス300円は、300円ぶんの返す約束が残っている状態です。数えるものの0には下がなく、決めた目じるしの0には下がある、という見分け方でうまくいきます。
Q1からQ3までは数の線のどちら側にいるかの話、Q4は0を自分で決めてよいという話、Q5は下があるかないかの見分け方でした。ばらばらに見えますが、通っている筋は一本です。マイナスは「たりない」ことを表す記号ではなく、「決めた0から左へ」という向きを表す記号、ということだけです。
負の数は中学1年の最初の単元で、小学校の指導内容には含まれません。それでも記事にしたのは、静電気や気圧と同じく、体験のほうが説明よりずっと早く来てしまう題材だからです。冬の天気予報を毎朝見ているのに、意味を教わるのは何年も先、という状態が続きます。
説明のないまま繰り返し目に入った言葉は、「なんとなく分かっているつもり」になって固まります。実際、中学でつまずく子の多くは計算の手順ではなく、「0より小さいものがある」という感覚のところで止まっています。その感覚だけなら、道具は温度計ひとつで足ります。
ご家庭で効くのは、温度計を横にたおして見せることです。縦の目もりが横の数直線に変わった瞬間に、「0がまんなかにある」という絵が体に入ります。冷蔵庫と冷凍庫の表示のちがい、天気予報の最低気温、エレベーターのボタンなど、材料は買い足さずにそろいます。
なお、この記事ではマイナス×マイナスには踏みこんでいません。あの規則を納得するには数の世界のきまりごと全体を見る必要があり、数直線の上を歩くだけでは説明しきれないためです。今回は「たし算は右、ひき算は左」までにとどめました。中学でかけ算に進んだとき、この記事の数直線がそのまま土台として使えます。