イヤホンの音量つまみを、今日も何回か動かしたと思います。電車に乗ったら上げて、家に帰ったら下げて。あのとき、あなたは何を動かしていたのでしょうか。「音の大きさ」だと答えたくなりますが、それだけではありません。同時に、その音を安全に聞いていられる時間を削っています。しかもその削り方が、とても急です。つまみを少し上げただけで、聞いていられる時間は半分になる。半分どころか、10分の1になることもある。なぜそんな乱暴なことが起きるのかというと、音の大きさをあらわす数が、1ずつ増えるふつうのものさしではないからです。この記事では、その目もりの正体を6年の算数で開けていきます。
音のことを理科で習うのは3年生です。「音のふしぎ」で、音が出ているものはふるえていること、ふるえを止めると音も止まること、そして大きい音ほど大きくふるえていることをたしかめます。ここまでは学校でやります。
ところが「では、どのくらい大きいと体に悪いのか」は理科では出てきません。保健で騒音の話にふれることはありますが、数で追いかける機会はほとんどありません。いっぽうで6年の算数では、割合と、比例・反比例を習います。実はこの2つを組み合わせると、音の大きさと耳の関係は自分で計算できるようになります。だからこの記事は6年に置きました。習う学年がばらばらなせいで、だれもつなげていなかった話をつなぎます。
「10を何回かけたか」という見方(6年・データ量の単位で使ったのと同じ考え方)と、「かけ算の答えが一定なら反比例」という見方(6年・比例と反比例)の2つだけです。むずかしい式は出てきません。
「うるさい」は感想です。人によってちがいます。だから音を調べるときは、感想ではなく数にします。音の大きさをあらわす単位は、デシベル(dB)といいます。
ここで最初につまずきやすいところを片づけておきます。0dBは、無音ではありません。0dBは「人の耳がやっと聞こえるくらいの音」を出発点に決めた目もりです。だから0dBより静かな場所もあり、そこを測ればマイナスの数が出ます。気温の0℃が「寒くない」でも「熱がない」でもなく、水がこおる温度を出発点に決めただけなのと、まったく同じ理由です。0は「ないこと」ではなく「ここから数えます」という印です。
身のまわりの音を、だいたいの数でならべます。数字は場所や測り方でずれるので、位を覚えるつもりで見てください。
| どんな音 | だいたいの大きさ |
|---|---|
| ひとのささやき声 | 30dB |
| 静かな図書室 | 40dB |
| ふつうの会話 | 60dB |
| 走っている電車の中・近くのせみの声 | 80dB |
| 地下鉄のホーム・工事の音 | 100dB |
| ライブ会場の前のほう | 110〜120dB |
| すぐ近くで鳴る花火 | 130dB以上 |
この表を見て「30から130まで、たった100しかちがわない」と思った人は、これから起きることに気づいていません。ここが今日いちばんの山です。
音には、たがいに関係のないつまみが2つついています。大きさと高さです。高さのほうは、1秒間にふるえる回数で決まります。この記事であつかうのは大きさだけで、こちらはふるえの幅、つまりどれだけ大きくゆれているかです。
2つが無関係だという証拠は、5年生のふりこの実験でもう手に入っています。ふりこは、ふれはばを大きくしても1往復の時間が変わりません。ゆれの大きさと、ゆれの速さは別々に決まる。音もそれと同じで、大きく鳴らしても高さは上がりません。歌で「もっと大きい声で」と言われて高い声を出してしまうのは、この2つを頭の中で1つにしてしまっているからです。
ここから先は、高さのつまみには一度もふれません。大きさのつまみ1本だけを回します。
問題を1つ。60dBでしゃべっている人が、2人同時にしゃべりました。何dBになるでしょうか。
120dBと答えたくなりますが、ちがいます。120dBはライブ会場の前のほうの大きさです。教室で2人がふつうにしゃべって、そんなことになるはずがありません。答えは約63dBです。3しかふえません。
なぜこうなるのか。デシベルは音の強さそのものを書いた数ではなく、「出発点の何倍か」を書き表すための目もりだからです。そして、そのきまりはたった1行です。
この1行から、全部が出てきます。表にしてみます。
| 数のちがい | 10を何回かけたか | 音の強さのちがい |
|---|---|---|
| 3ふえた | 半回ぶんくらい | 約2倍 |
| 10ふえた | 1回 | 10倍 |
| 20ふえた | 2回 | 100倍 |
| 30ふえた | 3回 | 1000倍 |
| 40ふえた | 4回 | 1万倍 |
| 50ふえた | 5回 | 10万倍 |
| 100ふえた | 10回 | 100億倍 |
さっきの表にもどります。ささやき声が30dB、ふつうの会話が60dB。数の上では2倍のちがいに見えます。でも30ふえているので、音の強さは1000倍です。
この書き方には見おぼえがあるかもしれません。ギガやキロという単位も、同じように「1000倍を何回くり返したか」を書いた印でした。デシベルはそれの親せきで、くり返しの単位が1000ではなく10になっているだけです。ものさしを何本も覚える必要はなく、「かけ算で並んでいる目もり」という同じ形が使いまわされていると思っておけばいい。
人の耳は、やっと聞こえる音から痛いほどの音まで、1兆倍以上の幅を聞き分けます。これを倍で書くと「1000000000000倍の音」のような数がならんで、だれも読めません。そこで「10を何回かけたか」だけを書くことにしました。1兆倍が120と書ける。読みやすさのために、足し算をあきらめた目もりです。
ここまでは音そのものの話でした。つぎは、それを聞く人の話です。ここに大きなずれがあります。
音の強さが2倍になったとき、数は3ふえます。ではそのとき、あなたは「2倍うるさくなった」と感じるでしょうか。感じません。3のちがいは、多くの人がやっと気づくかどうかという程度です。同じイヤホンを2つ同時に同じ耳で鳴らせば、耳に届く音の強さはきっちり2倍になります。それでも、聞いた感じはほとんど変わりません。
では人が「2倍うるさくなった」と感じるのは、どのくらいふえたときか。だいたい10ふえたあたりです。そして10ふえたときの音の強さは、10倍です。
| ふえた数 | 音の強さ(ものの側) | うるささ(人の側) |
|---|---|---|
| 3ふえた | 約2倍 | ほとんど気づかない |
| 10ふえた | 10倍 | 約2倍 |
| 20ふえた | 100倍 | 約4倍 |
| 30ふえた | 1000倍 | 約8倍 |
右の列と真ん中の列を見比べてください。30ふえたとき、音の強さは1000倍になっているのに、感じ方は8倍にしかなっていません。感覚は、実際に起きていることを大幅に小さく報告してきます。
これが、音の危なさが自分では分からない一番の理由です。体には温度なら「熱い」、明るさなら「まぶしい」という警報があります。音にも「うるさい」という警報はあるのですが、その針が実際の1000倍を8倍としか表示しない。壊れているのではなく、そういう目もりの計器がついている。だから自分の感覚のかわりに、数で考える必要があります。
ここが記事の芯です。耳がうけとる量は、音の大きさだけでは決まりません。
かけ算です。ということは、強さが2倍になったら、半分の時間で同じ量になります。だから世の中にある安全のめやすは、「何dBまで」という形ではなく、必ず「何dBなら何時間まで」という形で作られています。
働く人の現場で長く使われてきた有名なめやすが「85dBで8時間」です。そして、ここから3ふえるたびに時間が半分になります。3ふえる=強さが約2倍、だから時間は半分。さっきのかけ算のとおりです。
| 音の大きさ | めやすの時間 | 何にあたるか |
|---|---|---|
| 85dB | 8時間 | 車の多い道路ぎわ |
| 88dB | 4時間 | |
| 91dB | 2時間 | |
| 94dB | 1時間 | 電車の中で音楽を聞くとき |
| 97dB | 30分 | |
| 100dB | 15分 | 地下鉄のホーム・工事の音 |
| 103dB | 約7分30秒 | |
| 106dB | 約4分 | |
| 112dB | 約1分 | ライブ会場の前のほう |
100dBの行を、表を使わずに自分で出してみます。
1つずつ半分にしても、32でまとめてわっても同じ15分になりました。別々のやり方で同じ数が出たので、この15分は信じてよい数です。
そしてこの表がいちばん言いたいことは、表の中の数字ではありません。つまみを少し上げた「少し」が、時間では「半分」になっているということです。上げたときのあなたの感覚は「ちょっと上げただけ」でした。起きたことは「聞いていられる時間が半分」でした。
強さ × 時間 が一定、という形をどこかで見た気がしないでしょうか。速さ × 時間 = 道のり と同じ形で、かけ算の答えが決まっているとき、片方がふえれば片方は必ず減ります。6年でならう反比例そのものです。教科書では水そうや歯車で出てくる単元ですが、ここではあなたの耳が、反比例のグラフの上を動いています。
さっきの85dBの表は、もともと工場などで働く大人のために作られたものです。イヤホンで音楽を聞く人のためのめやすは、世界保健機関(WHO)などが別に出しています。そちらはこうです。
| だれが | どのくらいまで |
|---|---|
| 大人 | 80dB で 1週間に40時間まで |
| 子ども・耳をだいじにしたい人 | 75dB で 1週間に40時間まで |
週40時間というのは、1日ならどのくらいでしょうか。
「毎日5時間以上聞ける」と読める数ですが、条件がついています。75dBという小さめの音量でです。この数を5だけ上げて80dBにすると、週に聞ける時間は40時間より短くなります。上げるほど、許される時間は急に減っていく。さっきの表と同じことがここでも起きます。
もう1つよく言われる言い方が「音量は60%まで、1日60分まで」というものです。覚えやすくて悪くない目安ですが、正直に書いておきます。%とデシベルは比例しません。音量の段が何段あるかも、1段でどれだけ大きくなるかも、機種やイヤホンごとにちがいます。最大音量がとても大きいイヤホンなら、60%でも危ないことがあります。逆に小さめのイヤホンなら80%で平気なこともある。つまり%は、同じ機種の中で「前より上げたか下げたか」を比べるためにしか使えません。
ほんとうに知りたければ、測るしかありません。6年の理科で実験器具を習うときに出てくる「量れないものは調べられない」という話が、ここでもそのまま当てはまります。スマートフォンの騒音計アプリや、学校にある騒音計で、自分の部屋や電車の中が何dBなのかを一度見てみると、この記事の表がいっきに自分の話になります。
電車の中は、だいたい80dBです。この中で音楽を聞くとき、何が起きるか考えてみます。
80dBの音が鳴っている場所で、音楽を聞き取るには、その80dBに負けない大きさが必要です。同じくらいでは聞こえません。だから静かな部屋では十分だった音量が、電車では足りなくなり、つまみを上げます。上げた先は90dB台になりやすい。さっきの表を見ると、94dBのめやすは1時間です。往復で1時間乗る人なら、それだけでめやすを使い切ります。
もう1つ、イヤホンならではの事情があります。音の強さは、音のもとからの距離でどんどん変わります。距離が2倍になると、強さは4分の1になります。デシベルでいうと6減ります。
部屋のスピーカーは、たいてい何メートルか先にあります。イヤホンは、耳の穴のすぐ内側で鳴ります。同じ音量表示でも、耳に届く強さはまるでちがう。イヤホンは、音のもとを耳の中に置く道具だと思っておくのが正しいです。
ここから、うれしい結論が1つ出ます。いちばん効くのは「音量を下げよう」とがんばることではなく、まわりを静かにすることです。まわりが静かなら、小さい音量で十分聞こえるので、つまみを上げる理由がなくなります。まわりの音を打ち消す機能(ノイズキャンセリング)が耳にやさしいと言われるのは、音を小さくしてくれるからではありません。小さい音量でも聞き取れる状態を作ってくれるからです。家でいちばん小さい音量にしてみて、それが何%だったか覚えておく。電車でそれより上げたくなったら、上げる前に理由がまわりの音だと気づける。それだけで、削られる時間はずいぶん変わります。
ここまでは音の話でした。最後に、耳の話をします。なぜこんなに慎重なめやすが作られているのか、その理由がここにあります。
耳の奥に、かたつむりのような形をした部分があります。その中には、音のふるえを電気の信号に変える、細い毛のような形をした細胞がびっしり並んでいます。人では全部で1万5千個ほどです。大きすぎる音でふるえすぎると、この細胞は傷んで働かなくなります。
問題はここです。人の体では、この細胞はもう生えてきません。すりむいた皮ふや折れた骨は元にもどりますが、ここは戻りません。だから大きな音で失った聞こえは、休んでも治りません。1万5千個から減っていく一方の持ち物を、みなさんはこれから何十年も使います。
もう1つ、やっかいなことがあります。こわれる順番が決まっていて、高い音を受け持つ細胞から先にやられます。人の話し声は、そんなに高い音ではありません。だから細胞が減りはじめても、しばらくは会話にほとんど困りません。困らないから気づきません。気づくのは、かなり進んでからです。テストの点のように下がったことがすぐ分かるものなら人は気をつけますが、これは減っていることが見えないまま減る種類の損です。
ただし、その場で出るしるしが1つだけあります。ライブや大きい音のあと、耳がふさがったような感じや、キーンという音が残ることがあります。多くは何時間かでもどります。でもそれは「もう大丈夫だった」という意味ではなく、細胞が疲れて一時的に休んでいたという意味です。何度もくり返せば、もどらないほうへ進みます。痛くないから安全、ではありません。
音のめやすがかけ算で決まるのは、ある大きさまでの話です。すぐ近くで鳴る花火や、耳のそばで鳴らされたホイッスルのような、とっさの大きな音は、時間が短くても一度で傷つくことがあります。「短ければ大丈夫」をどこまでも当てはめないでください。
騒音計を持っていなくても、今すぐできる確かめ方があります。順番に意味があるので、上から使ってください。
3番目だけは、すでに起きてしまったことの確認です。だから1番と2番を先に置きました。前の2つは起きる前に止められて、3番目は止められません。
Q1 60dBで話す人が2人、同時に話しました。何dBになりますか。
A 約63dB。120dBにはなりません。音の強さは2倍になっていますが、強さが2倍のときデシベルは3しかふえないからです。デシベルは足し算のできる目もりではない、という一番のポイントがここに出ています。
Q2 100dBの音は、80dBの音の何倍の強さですか。
A 100倍。100 − 80 = 20 ふえているので、10を2回かけた分です。10 × 10 = 100 倍。数の上では「1.25倍の音」に見えるのに、強さは100倍もちがいます。
Q3 85dBで8時間がめやすなら、94dBのめやすは何時間ですか。
A 1時間。94 − 85 = 9 で、3が3回ぶんふえています。半分を3回なので 8 ÷ 2 ÷ 2 ÷ 2 = 1。まとめて 8 ÷ 8 = 1 としても同じです。9しかふえていないのに、8時間が1時間になりました。
Q4 音量を60%から30%に半分にしたら、耳がうけとる量も半分になりますか。
A そうとは言えません。%と音の強さは比例していないので、%を半分にしても強さが半分になるとは決まっていません。強さを半分にしたいなら3dB下げればよいのですが、それが自分の機種で%いくつぶんなのかは、外からは分かりません。だから%は同じ機種の中で上げ下げを比べるためだけに使います。
Q5 なぜ子どものめやす(75dB)は、大人(80dB)より小さいのですか。
A 同じ耳を、これから何十年も使うからです。うけとる量は一生ぶんで積み上がっていくので、1週間あたりを小さくしておく必要があります。それに子どもは耳の穴が小さいぶん、同じイヤホンでも中で音が強くなりやすいと言われています。5だけ小さいように見えますが、5小さいと強さは約3分の1です。
Q6 同じ曲を、静かな自分の部屋で聞くときと、電車の中で聞くとき。耳にとって危ないのはどちらですか。
A 電車の中です。曲は同じでも、電車では周りの80dBに負けないところまで音量を上げることになるからです。危なさを決めているのは曲でも機種でもなく、その場所の静かさだと言えます。同じ機種・同じ曲でも、場所しだいでめやすの時間が何倍もちがってきます。
イヤホンの音量については「大きすぎるから下げなさい」という言い方になりがちですが、この言い方はほとんど効きません。子ども本人の感覚では、それが大きすぎる音に感じられていないからです。感じ方が10で2倍しか動かないのに強さは10倍動く、という計器のずれが原因なので、感覚に訴えるかぎり話が届きません。かわりに使えるのが、この記事の「時間」のほうです。何dBまでという禁止ではなく、上げると聞ける時間が半分になる、という交換の話にすると、本人の中で計算ができるようになります。
ご家庭でためすなら、静かな部屋でいちばん小さくて聞こえる音量が何%かを一度いっしょに確かめておくのがおすすめです。その数が本人の基準になり、電車でそれより上げたくなったときに「今は周りがうるさいから上げたい」と自分で言えるようになります。ノイズキャンセリング機能のあるイヤホンをお持ちなら、それが音を小さくする道具ではなく音量を上げずにすませる道具だという説明をしてあげてください。なお、この記事の数字はどれも代表的なめやすで、機種や測り方でずれます。聞こえにくさや耳鳴りが続く場合は、数字で判断せず耳鼻科で相談してください。