英語を習いはじめてから今まで、小さな注意書きをいくつも見てきたはずです。「スポーツに the はつけない」「お皿には the をつける」「by のあとには何もつけない」「いちばんと言うときは the を忘れずに」。どれも正しいのですが、ばらばらに覚えると数が増えるばかりで、テストのたびに思い出せません。じつはこれらは全部、たった一つの問いから出てきています。その問いとは「それがどれのことか、話している二人のあいだで決まっているか」です。この記事では、その一本の筋を先に通してから、今まで習ったきまりを上からかぶせ直していきます。
まず、二つの文をならべて読んでみてください。どちらも犬は1ぴきです。
数はどちらも1ぴきなのに、日本語にすると「犬を1ぴき」と「あの犬」に分かれました。上の文を聞いた人は、まだその犬を知りません。世の中にたくさんいる犬のうちの1ぴき、という情報だけを受け取ります。下の文を聞いた人は、指をさせるはずです。目の前にいるあの犬のことだと分かっているからです。a は相手がまだ知らないものを出すときのしるし、the は相手ももう分かっているものを指すときのしるし。ここが出発点で、これから出てくるきまりは全部この一文の言いかえにすぎません。
日本語には、この役をになう言葉がありません。「犬がいる」「犬を見て」と、どちらも同じ「犬」で足ります。相手が知っているかどうかは、その場の空気で伝わるからです。英語はそこを空気にまかせず、名詞の前に毎回はっきり書きます。だから英語がむずかしいのではなく、日本語が書かなくてよいことを英語は書く、というちがいがあるだけです。
「相手も分かっている」と言われてもぼんやりしているので、実際に起きるかたちを4つに分けます。ほとんどの the は、このどれかです。
| 場面 | 例 | なぜ相手に分かるか |
|---|---|---|
| さっき話に出た | I saw a cat. The cat was white. | 1文前に出したばかり |
| その場に1つしかない | Open the door, please. | 今いる部屋のドアはこれだけ |
| 世界に1つしかない | the sun / the moon / the sky | だれにとっても同じものを指す |
| いちばん・○番目 | the tallest / the first train | 1位や1番目は1つに決まる |
4つに見えますが、言っていることは同じです。聞いた人の頭の中で、候補が1つにしぼれるなら the。「いちばん高い山」と言われたら、日本の話なら富士山しかありません。だから最上級には the がつくのであって、「最上級には the」という別のきまりが新しく増えたわけではないのです。「the をつけるのは6年で習った最上級のとき」とだけ覚えていた人は、ここでつなぎ直しておくと得をします。
a のほうも見ておきます。a は、まだ1つにしぼれていないことを表します。
上の文では、相手はどのえんぴつを差し出してもかまいません。下の文では、渡すものが決まっています。同じ場面でも、話し手が「どれでもいい」と思っているか「あれ」と思っているかで、置く言葉が変わるのです。a は、そのなかまのうちの1つという意味なので、数えられるものにしかつきません。母音の音ではじまる言葉の前では an になる、という読みやすさのためのきまりは、5年の「1つか2つ以上かを言い分ける」で習ったとおりです。
物語や会話を読むと、この二つが順番に出てくることに気づきます。
boy も bag も、1回目は a、2回目からは the になっています。1回目は相手の頭の中にまだ無いので a で出し、いちど出したあとは「さっきのあれ」と指せるので the に変わる。英語の物語は、この受けわたしで前へ進みます。ですから英語の本を読むときは、the がついた言葉を見つけたら「これは前に出てきたはずだ」と読み返してみてください。話のつながりが見えてきます。逆に自分が文を書くときは、2回目に出したのに a のままにしないのがコツです。
ここまで来ると、今まで習った「つけない」のきまりが読めるようになります。
| 言い方 | つけない理由 |
|---|---|
| by bus / by bike | 乗り物そのものではなく、行き方を言っている |
| play soccer / play tennis | ボール1つの話ではなく、競技の名前 |
| I like dogs. | ある1ぴきではなく、犬という種類ぜんぶ |
| go to school / have lunch | 建物や料理ではなく、勉強する・食べるという行い |
| I want water. | 数えられないので、そもそも1つにならない |
どれも「どのバスか」「どのサッカーボールか」を問題にしていません。指をさす相手がいない言い方には、指をさすための言葉もいらないのです。「スポーツに the をつけない」と丸暗記していたきまりは、こうして理由から言い直せます。ちなみに play the piano に the がつくのは、楽器を演奏するという言い方が昔からそう決まっているためで、ここだけは理由よりそのまま覚えるほうが早い場所です。
反対に wash the dishes(お皿をあらう)に the がつくのは、家の中で毎日あらうお皿が決まっているからです。the school trip(修学旅行)も the sports day(運動会)も、その学校にとってその年に1回しかない行事なので、候補が1つにしぼれます。このように a と the の使い分け という一本の筋を通すと、教科書のあちこちに書かれていた小さな注意書きが、覚える量ではなく、同じ考え方の別の姿に変わります。
I found a key. A key was old. とは書きません。
2回目は The key was old. です。1回目は a、次からは the と、順番で覚えます。
「犬が好き」は I like dogs. で、I like the dogs. とは言いません。
the をつけると「(あそこにいる)あの犬たちが好き」という意味になってしまいます。
He is tallest. ではなく He is the tallest. です。
1位は1つに決まるので、the が必要になります。
Q1 I saw a bird. ( )bird was blue. の( )に入るのは?
A The(1文前に出したので、もう相手に分かっている)
Q2 「太陽」を英語で言うとき、前に何をつける?
A the をつけて the sun(世界に1つしかない)
Q3 「バスで行く」は by bus? by a bus?
A by bus(どのバスかではなく、行き方を言っている)
Q4 「わたしはねこが好きです」に the はいる?
A いらない。I like cats.(種類ぜんぶの話なので指さない)
Q5 「かれはクラスでいちばん足が速い」の( )は?
He is ( )fastest in his class.
A the(1位は1つに決まる)
Q6 えんぴつを1本借りたい。どれでもいいときの言い方は?
A Can I use a pencil?(1つにしぼっていないので a)
冠詞は、中学・高校はもちろん、大人になって英語を使うときまで、日本語話者がいちばん長くつまずき続ける文法だと言われます。理由ははっきりしていて、日本語にこの役をになう言葉が存在しないからです。単語を覚える量の問題ではないので、練習量を増やしても直りにくく、本人も「なんとなく」で置いてしまいます。そこで小学生の段階では、正しく置けるようにすることより、英語には「相手がもう分かっているか」を毎回言葉にするしくみがあると知っておくことのほうが、ずっと価値があります。この一点を先に持っておくと、中学で冠詞の説明を受けたときに、まったく新しい話としてではなく、知っていることの整理として入っていけます。ご家庭では、英語の絵本やアニメの字幕で the がついた言葉を見つけて、「これ、前にも出てきたかな?」といっしょにさがす遊びがおすすめです。答えを当てることより、指さして確かめる動きそのものが、この感覚を育てます。テストの答え合わせで a と the をまちがえていたときも、×をつけるだけでなく「この時点で、聞いている人はもうそれを知っている?」と一言たずねてみてください。考える手がかりが本人の中に残ります。