夏の朝、先生が校庭に出て何かを測っています。あれで「今日は外の体育をやるかどうか」が決まります。ただし、測っているのは気温ではありません。
夏になるとニュースが「今日の最高気温は35℃です」と伝えます。だから多くの人は、気温が高い日=あぶない日、気温が下がった日=ひとまず安心、と考えます。
ところが、学校や部活動で「運動を中止する/しない」を決めるときに使われている数字は、気温ではありません。暑さ指数(あつさしすう。英語の頭文字をとって WBGT とも書きます)という、別の数です。
そして、この暑さ指数の作り方を見ると、おどろくことが書いてあります。
ふつうの気温、つまりニュースで読み上げられる数字は、10のうち1しか出番がありません。しかも室内で出すときは、気温の項目そのものが消えます。
この記事は、そのふしぎな配分の理由を追いかけます。5年理科の天気の変化で習う湿度が、そのまま答えになります。理由が分かると、「何度なら危ないか」という問いの立て方そのものが、少しずれていたことが見えてきます。
人の体は、じっとしていても熱を作り続けています。作った熱をそのままためると体温が上がってしまうので、つねに外へすてています。すて方は、大きく4つあります。
| すて方 | どういうことか | 例 |
|---|---|---|
| 伝導 | ふれているものに、直接わたす | 冷たい床にすわる |
| 対流 | まわりの空気にわたし、その空気が流れていく | 風にあたるとすずしい |
| 放射 | まわりのものに向かって、光のように出す | 日かげのかべがひんやり感じる |
| 蒸発 | 汗が水じょう気になるとき、熱をうばっていく | あせがかわくとすずしい |
ここに、夏だけに起きる問題があります。上の3つ(伝導・対流・放射)は、まわりが自分より冷たいときにしか使えません。コップの水が机を冷やせないのと同じで、熱は温度の高いほうから低いほうへしか動かないからです。
人のはだの表面の温度は、だいたい33℃から35℃くらいです。ということは──
気温がはだの温度をこえたとたん、4つのうち3つが役に立たなくなるどころか、敵に回ります。真夏の体に残っている冷やし方は、いちばん下の蒸発、つまり汗だけです。
だから暑さ指数は、「汗がきちんと仕事をできる日か」を測る数になっていなければなりません。ここが7割の理由につながります。
ここが、いちばん取りちがえられているところです。汗をびっしょりかいた日、私たちは「たくさん汗が出たから、たくさん冷えたはずだ」と思います。ちがいます。
汗が体を冷やすのは、水が水じょう気に変わる、そのしゅんかんだけです。水が気体になるには熱がいるので、その熱をはだからうばっていきます(自然の中の水のゆくえで出てきた、じょう発と同じ話です)。うばう量は、水1gあたり、およそ0.58キロカロリー。
あごや背中をつたって落ちていく汗は、1キロカロリーも体を冷やしていません。ただ体から水を持ち出しただけです。だらだら流れる汗は、うまく冷えているしるしではなく、冷やしそこねているしるしなのです。
では、汗が蒸発するか、したたり落ちるかは、何で決まるのでしょうか。まわりの空気に、水が入るすきまがどれだけ残っているかです。これが湿度です。湿度が100%に近い空気は、もう水でいっぱいなので、汗は行き場がなく、はだの上にとどまります。
ここまでを1本につなぐと、こうなります。
暑さ指数は、性格のちがう温度計を3本立てて、その読みを混ぜて作ります。もとはアメリカの軍隊で、訓練中にたおれる人を減らすために考えられたしくみです。
| 温度計 | しかけ | 何を測っているか | 重み(屋外) |
|---|---|---|---|
| 湿球温度 | ぬれたガーゼを巻いた温度計 | 汗が蒸発できるかどうか | 0.7 |
| 黒球温度 | 黒くぬった球の中に入れた温度計 | 日ざしと、地面やかべからの照り返し | 0.2 |
| 乾球温度 | ふつうの温度計(=気温) | 空気そのものの温度 | 0.1 |
いちばん大事なのは、湿球温度です。ぬれたガーゼは、まわりの空気が乾いていればどんどん蒸発して温度計を冷やし、湿っていれば蒸発できないので冷やせません。つまりこの温度計は、はだの上の汗と、まったく同じことをやっているのです。人のかわりに汗をかいてくれる温度計、と言ってもいいくらいです。だから重みが0.7になります。
式にすると、こうです。
屋内の式をもう一度見てください。気温は、ひとつも入っていません。「部屋の温度が何度か」は、暑さ指数を出すのに使われていないのです。使われているのは、汗が乾くか(湿球)と、かべや天井がどれだけ熱をはね返してくるか(黒球)だけ。
では、題名にした計算をします。2つの日をくらべます。どちらも屋外の校庭とします。
気温だけを見れば、A日のほうが4℃も高い。ふつうならA日のほうが危ないと考えます。式に入れてみます。
気温が4℃も低いB日のほうが、暑さ指数は0.6高く出ました。しかもこの0.6は、ただの0.6ではありません。次の表を見てください。
| 暑さ指数 | 運動するときの目安 |
|---|---|
| 31以上 | 運動は原則中止 |
| 28以上 31未満 | 厳重警戒(激しい運動は中止) |
| 25以上 28未満 | 警戒(積極的に休けい) |
| 21以上 25未満 | 注意(積極的に水分をとる) |
| 21未満 | ほぼ安全 |
A日の27.8は「警戒」。B日の28.4は「厳重警戒」で、激しい運動は中止の段に入ります。気温だけを見ていた人は、B日を「きのうより4℃もすずしい、楽な日」だと思ってグラウンドに出ます。実際には、ランクが1つ上がっている日です。
なぜこんな逆転が起きたのかは、計算の中身を見ればはっきりしています。気温の差4℃は、0.1をかけられるので0.4しか動かしません。いっぽう湿球の差4℃は、0.7をかけられるので2.8動きます。同じ4℃でも、湿球のほうが7倍効くのです。
ちなみに、このB日の校庭からそのまま体育館に入ったとしても、逃げ場にはなりません。屋内の式で計算すると、0.7×27+0.3×33=18.9+9.9=28.8。外より高くなります。
もう1つ、まぎらわしいところがあります。暑さ指数は、単位に℃を使って書かれます。「今日の暑さ指数は31℃です」のように。
この℃は、気温ではありません。3本の温度計の読みを7:2:1で混ぜた、まったく別の数です。もとが温度なので℃という単位を借りているだけで、温度計をどこに置いてもこの数は出てきません。
だから「暑さ指数31なんて、31℃でしょ。今日は35℃もあるのに、たいしたことない」という受け取り方は、二重にまちがっています。暑さ指数31は、気温にすればずっときびしい状態を指しています。目もりが同じ顔をしているだけの、別のものさしだと思ってください。
この暑さ指数がとくに高くなると予想される日には、国から熱中症警戒アラートが出されます。出る基準は暑さ指数33以上。表でいえば、いちばん上の「運動は原則中止」を大きくこえた段です。
汗は、ただの水ではありません。塩がまざった水です。だから汗をかくと、体は水と塩を同時に失います。
ここで水だけを飲むとどうなるか。体の中の水はもどりますが、塩はもどりません。すると体の中の塩のこさが下がります。体は「こさをもとにもどしたい」と考えて、こう動きます。
この現象には自発的脱水という名前がついています。のどがかわかなくなったことを「足りた合図」だと思うと、まるごと裏をかかれます。
ふせぎ方は、失ったものと同じものを入れることです。たくさん汗をかいた日は、水に少し塩を足したもの(0.1〜0.2%の食塩水)や、そのように作られた飲みものを選びます。0.1〜0.2%がどれくらいかは、5年の割合で計算できます。
ほんのわずかです。なめてしょっぱいと感じるほど入れる必要はありません。逆に、ふだんの生活や短い運動なら、水やお茶でじゅうぶんです。大量に汗をかいたときだけ、塩のことを思い出せば足ります。
熱中症は、炎天下のグラウンドで起きるもの、というイメージがあります。ところが救急車で運ばれた人を発生場所ごとに数えると、年によって多少変わりますが、いちばん多いのは住居、つまり家の中で、全体のおよそ4割をしめます。
不思議に思えるかもしれませんが、これまで見てきた式で説明がつきます。
つまり、閉めきった部屋は「湿球が下がらず、黒球が高いまま」という、暑さ指数がいちばん高くなる条件がそろいやすい場所です。外に出ていないことは、安全である理由になりません。
| よくある思いこみ | ほんとうは |
|---|---|
| 気温が30℃をこえなければ大丈夫 | 屋外の式で気温の重みは0.1。29℃の日が33℃の日より上のランクになることがある |
| 暑さ指数28は、気温28℃のこと | ℃と書くが気温ではない。3本の温度計を7:2:1で混ぜた別のものさし |
| 汗をたくさんかいたから、よく冷えている | 冷やすのは蒸発した分だけ。したたり落ちた汗は水を持ち出しただけ |
| 日かげに入れば安全 | 黒球は地面やかべからの照り返しも拾う。湿球が高ければ日かげでも下がらない |
| のどがかわいてから飲めばよい | かわきは遅れて出るうえ、水だけ飲むと塩がうすまってかわきのほうが先に止まる |
| 家の中なら心配ない | 運ばれた人の発生場所でいちばん多いのは住居。屋内の式には気温の項目すらない |
6つならべましたが、根は1つです。「暑さ=気温」だと思っているか、「暑さ=熱をすてられるかどうか」だと思っているか。あとの考え方に切りかえると、6つとも同じ式から説明がつきます。
Q1 屋外で、湿球26℃・黒球35℃・乾球31℃でした。暑さ指数はいくつで、どの段に入りますか。
A 0.7×26=18.2、0.2×35=7、0.1×31=3.1。合計して28.3です。28以上31未満なので「厳重警戒(激しい運動は中止)」の段に入ります。気温は31℃で、数字だけ見ると暑さ指数より高いのですが、この2つはくらべても意味がありません。
Q2 Q1と同じ日、日ざしの入らない屋内で測ったら、湿球26℃・黒球35℃でした。屋内の暑さ指数はいくつですか。
A 屋内の式は0.7×湿球+0.3×黒球なので、0.7×26=18.2、0.3×35=10.5。合計28.7です。屋外の28.3より高くなりました。黒球にかかる重みが0.2から0.3に増えたためで、かべや天井が熱いままの部屋では、外へ出るより屋内のほうが指数が高くなることがあります。
Q3 屋外で、ほかが同じまま気温(乾球)だけが2℃上がったときと、湿球だけが2℃上がったときとで、暑さ指数はそれぞれいくつ増えますか。
A 気温は0.1×2=0.2、湿球は0.7×2=1.4。同じ2℃でも7倍のひらきがあります。天気予報で気温が2℃下がったと聞いて安心してよいかは、湿度がどう動いたかを見ないと決められません。
Q4 運動中に600gの汗をかきましたが、そのうち3分の1はしたたり落ちました。体からうばわれた熱は何キロカロリーですか。全部蒸発した場合とくらべてください。
A したたったのは600÷3=200g、蒸発したのは400gです。400×0.58=232キロカロリー。全部蒸発していれば600×0.58=348キロカロリーだったので、116キロカロリー分、冷やしそこねたことになります。しかも失った水は600gのまま変わりません。風を当てるといった工夫は、この差をうめるためのものです。
Q5 1Lの水に0.15%の食塩を入れたいとき、塩は何g必要ですか。
A 1L=1000mL(水なら約1000g)なので、1000×0.0015=1.5gです。小さじ1ぱいが約6gですから、その4分の1ほど。ほんの少しで足りるという感覚をつかんでおくと、入れすぎを防げます。塩をとりすぎると、かえってのどがかわきます。
暑さ指数は、小学校の理科の教科書には出てきません。それでもお子さんは毎年、学校の掲示やニュースでこの数字を目にし、「今日は外遊び禁止」という形で影響を受けています。説明なしに従うだけの数字になりやすいので、5年生で湿度を習ったこのタイミングで、中身を開けておく価値があると考えて記事にしました。
ご家庭で体感していただくなら、ぬれたハンカチを手のひらにのせて、うちわであおぐだけで十分です。乾いた日にははっきり冷たくなり、雨あがりのむし暑い日には同じことをしてもあまり冷たくなりません。湿球温度計がやっているのはこれと同じで、「今日は汗が効くか」をその場で確かめられます。
数値の基準は、日本スポーツ協会の熱中症予防運動指針(31以上は運動を原則中止など)と、環境省・気象庁の熱中症警戒アラート(暑さ指数33以上の予想で発表)に合わせています。地域の実際の値は環境省の暑さ指数のサイトで公開されており、お住まいの地点の予測値も見られます。
なお、この記事では「気化熱」「相対湿度」「輻射」といった用語は使わず、蒸発・湿度・照り返しという言い方にとどめました。中学以降でそれらの言葉に出会ったときに、この記事の式と表がそのまま使えるようにするためです。また、具体的な症状の見分け方や応急手当については、判断を要する内容なのでこの記事では扱っていません。体調の異変を感じたときは、数字ではなく目の前の様子を優先してください。