「それ、むじゅんしてるよ」。何気なく使うこの一語には、二千年以上前の中国の市場で起きた、たった一度の言い合いがしまいこまれています。
故事成語という言葉を、二つに切り分けてみます。
つまり、もとになった一つの物語をもつ言葉です。ここが、ほかの言葉のなかまとのいちばんのちがいになります。
4年生で習ったことわざ・慣用句と並べると、輪かくがはっきりします。
| どこから来たか | 出典 | 例 | |
|---|---|---|---|
| ことわざ | 暮らしの知えが言い伝えられた | ない | 急がば回れ |
| 慣用句 | 二語以上が結びついて別の意味に | ない | 手をやく |
| 故事成語 | 中国の古い書物にある出来事 | ある | 矛盾 |
ことわざには作者も出典もありません。だれかが言い、みんながくり返すうちに残ったものです。いっぽうこのなかまは、「どの本の、どの場面から来たか」がはっきりしているものが多くあります。
だからこれらは、意味を丸暗記する必要がありません。もとの話を一度読めば、意味のほうがあとからついてくるのです。テストで問われるのは意味ですが、覚える入口は話のほうにあります。
いちばん有名な一語から見ていきます。中国の楚(そ)の国の、ある市場での話です。
どんな盾もつらぬく矛が本当にあるなら、どんな矛も通さない盾は存在できません。二つの言い分は、同時に正しくなれないのです。
ここから、前に言ったことと後に言ったことのつじつまが合わないことを「矛」と「盾」の二字で表すようになりました。
「まちがい」ではなく「両立しない」ときに使う言葉です。
計算まちがいは、ただのまちがい。
「毎日走る」と言った人が「一度も走らない」と言うのが、この言葉の出番です。
ここからは、話とセットで六つ紹介します。読むときは「なぜその意味になるのか」を、話の中から探してみてください。
少しの差はあっても、本質は同じだという意味です。85点の人が80点の人を笑っても、100点から見ればどちらも同じ、という場面で使えます。
ヘビの絵を早く描く競争で、一番に描き終えた人が、余裕を見せようとして足まで描きたしました。「ヘビに足はない」と言われ、その人は負けてしまいます。
ここから、なくてもよい、よけいなつけたしを指すようになりました。作文の最後に自信がなくて言い訳を書きたす。あれがまさにこれです。
二者が争っているすきに、第三者が苦労なく利益を持っていくことです。
詩人が「僧は推す月下の門」の「推す(おす)」を「敲く(たたく)」にすべきか、道を歩きながら延々と迷い、えらい役人の行列にぶつかってしまいました。役人は怒らず「敲くがよい」と助言したといいます。
ここから、文章の言葉を練り直すことをこう呼びます。6年生でこの作業そのものを学ぶことになります。
敵に囲まれた項羽(こうう)が夜、四方から自分の故郷である楚の歌を聞き、「味方までもう敵になったのか」と絶望した場面から。まわりが敵ばかりで、味方が一人もいない状態です。
川を背にして陣を敷けば、負ければおぼれるしかない。将軍はわざとその位置を選び、兵に「にげ道はない」と覚悟させて勝ちました。あとがない覚悟でのぞむことです。
もとの話を知らないまま音だけ覚えると、意味を取りちがえることがあります。よくある三つを挙げます。
| 言葉 | まちがえやすい理解 | 本当の意味 |
|---|---|---|
| 杞憂(きゆう) | 強い心配 | しなくてよい心配 |
| 他山の石 | 手本にすべき立派な例 | 人の失敗を自分の教訓にすること |
| 白眉(はくび) | 目立つ人 | 多くの中でいちばんすぐれたもの |
とくに「他山の石」は注意が必要です。よその山から出たそまつな石でも、自分の玉をみがく道具になる、という話がもとです。だから尊敬する人に向かって使うと失礼になります。「先生を他山の石として」は誤りだ、というわけです。
「杞憂」は、杞という国の人が「空が落ちてきたらどうしよう」と食事ものどを通らなくなった、という話から来ています。心配の大きさではなく、その心配が要らないものだったという点が中心にあります。
数が多く感じますが、場面ごとに分けると整理できます。
そして覚えるときは、意味の文ではなく絵を思いうかべるのがこつです。市場で口ごもる商人。足のはえたヘビ。くちばしをはさまれた鳥。この絵さえ残れば、意味は自分で言い直せます。
もうひとつ、実際に使ってみることも効きます。日記に一日一語だけ入れてみる。使えた語は、もう自分の言葉になっています。
どちらも短い言い回しなので混ざります。
見分け方は「中国の話が後ろにあるか」。あれば故事成語、暮らしの知えなら、ことわざです。
「五十歩百歩」を意味だけ覚えると、いつのまにか「五十歩と百歩は大ちがい」と逆に思いこむことがあります。にげた兵の絵まで一緒に覚えてください。
「他山の石」「杞憂」は、うっかりほめ言葉に使うと意味が逆になります。使う前に、もとの話を一度思い出すだけで防げます。
Q1 「矛盾」のもとになった話に出てくる二つの武器は?
A 矛(ほこ)と盾(たて)です。どちらの言い分も同時には成り立ちません。
Q2 作文の最後によけいな一文を足してしまった。これを何という?
A 蛇足です。ヘビに足を描きたして負けた話から来ています。
Q3 二人が言い争っている間に、別の人が得をした。これを何という?
A 漁夫の利です。貝とシギを漁師がまとめて捕まえた話です。
Q4 「杞憂だったね」と言われたとき、それはどんな意味?
A 心配する必要がなかったという意味です。心配が大きかったという意味ではありません。
この単元は、語彙を増やすと同時に「言葉には歴史がある」と気づく入口になります。意味の一問一答にしてしまうと退屈になりがちなので、ぜひ、もとの話を読み聞かせるように扱ってみてください。
おすすめは、大人が新聞やニュースで見かけた語を持ち帰り、「これ、どういう話から来たと思う?」と問いかけることです。子どもは推理を楽しみ、答え合わせで話を知り、二重に記憶に残ります。
「他山の石」のように、大人でも誤用しやすい語があります。親子で辞書を引いて確かめる時間は、辞書を使う習慣づけにもつながります。
ここで身につけた言葉は、6年生の古典や中学校の漢文学習にそのまま接続します。急いで数を増やすより、一つずつ話ごと味わうほうが、結果的に長く残ります。