漢字ドリルのマスを、同じ字で10個うめる。そこまではやった。なのに次の日のテストで書けない。「もっと書きなさい」と言われて20回にしても、結果はあまり変わらない。──これは、あなたの努力が足りないからではありません。10回書きという練習には、「思い出す」場面が一度も入っていないからです。
漢字を10回書くとき、目がどこを見ているかを思い出してください。1回目は、お手本を見て写します。では2回目は。ほとんどの人は、お手本ではなくすぐ左に自分が書いたばかりの字を見て写しています。3回目は2回目を、4回目は3回目を。
つまり10回書きの中身は、「お手本を1回写す」+「自分の字を9回写す」です。9回ぶんの時間は、形をなぞる手の練習にはなっていますが、頭は一度も働いていません。
「覚えた」とは、お手本がないところで出てくるという意味です。
お手本を見ながら書けるかどうかは、覚えたかどうかと関係がありません。テストにはお手本がついてこないのに、練習にはずっとお手本がついている。ここがずれています。
しかも10回書きには、こわいところがもう一つあります。書いているうちに手が慣れて、だんだん速く、らくになっていく。この「らくになった感じ」を、覚えた感じとまちがえてしまうのです。だから本人は「ちゃんとやった」と思っているのに、次の日に書けない、ということが起きます。
やることは単純です。10回のうち1回だけ、お手本をかくして書きます。書けたらお手本と見くらべて、ちがっていたらそこだけ直す。これだけで、その1回は「思い出す練習」に変わります。
おすすめの形はこうです。
合計4回です。10回より少ないのに、次の日に残る量は多くなります。理由は、思い出そうとしたときにだけ、頭の中で「この字を取り出す道」が太くなるからです。書きうつしている間、その道は一度も使われていません。
もう一つ、大きな利点があります。見ないで書くと、自分が何を覚えていないのかが、その場で分かります。10回書きでは、できているのかできていないのかが最後まで分からないまま終わります。
5年生で新しく習う漢字は193字です。6年生までの合計は1026字。これを1文字ずつ、ばらばらに覚えようとすると、1026個のものを覚えることになります。
でも実際には、そんなに種類はありません。漢字は部品の組み合わせでできているからです。5年生で出てくる新しい字の多くは、部品じたいはすでに知っているものです。
この3つは、部品が1つ同じというだけで、読みまで同じになっています。漢字のかなりの数は、「意味を表す部品」と「音を表す部品」の組み合わせでできているので、こういうまとまりがあちこちにあります。「晴」「清」「精」がどれも「セイ」と読むのも同じしくみです。
だから新しい字に出会ったら、まずいくつに分けられるかを見る。ぜんぶ知っている部品でできていれば、覚えるのは「組み合わせ方」だけになります。ゼロから形を覚えるのとは、必要な量がまるでちがいます。
漢字テストで点を落とす原因の半分は、形ではなく読みです。そしてここには、はっきりした理由があります。
「治」という字は、何と読みますか?
決まりません。「政治」ならジ、「治水」ならチ、「病気が治る」ならなおる、「国を治める」ならおさめる。
1文字だけを見ても、読みは決まらないのです。読みは字についているのではなく、言葉についています。だから「治=ジ・チ・おさめる・なおる」と読みだけを並べて覚えると、テストで文の中に出てきたときに、どれを選べばいいか分かりません。
覚えるときは、必ず言葉ごと声に出します。「せいじ、政治」「ちすい、治水」。ドリルの上の例文が読み飛ばされがちですが、あの例文こそが覚える単位です。
| やりがちな覚え方 | 起きること | かわりにやること |
|---|---|---|
| 字だけを10回書く | 形は書けるが読みが出ない | 言葉ごと書く(政治・治水) |
| 読みを一覧で暗記する | 文の中でどれか選べない | 例文を声に出して読む |
| 送りがなを省く | 「治る」を「治おる」と書く | 送りがなまでが1セット |
テストで×になった字を、もう一度10回書き直す。よくある直し方ですが、これも効率がよくありません。まちがえたのは、その字の中の1か所だけだからです。
たとえば「熱」の下の部分。ここは点が4つの「灬」で、「小」ではありません。「博」の右上の点を忘れる。「快」を「決」と書く。どれも、字の9割は合っていて、1か所だけが落ちています。
だから直しは、ちがっていた部分を赤で丸く囲むところから始めます。囲んだら、その部品だけを3回書く。字ぜんぶではありません。囲むという作業をすると、自分のまちがいが「うっかり」ではなく場所のある事実に変わります。
同じ字を何度もまちがえる人は、たいてい毎回同じ場所でまちがえています。囲んで残しておくと、それが目に見えます。
最後は時間の使い方です。漢字20字を30分で覚えるとき、やり方は2つあります。
| やり方 | 次の週に残るもの | |
|---|---|---|
| A | テストの前の日に30分、まとめて | テスト当日は書ける。1週間後には消えていることが多い |
| B | 10分×3日(習った日・次の日・1週間後) | 時間は同じだが、1週間後も残りやすい |
合計時間は同じ30分なのに、差が出ます。Bでは、2日目と3日目の始めに「思い出す」場面が2回入るからです。Aには、それが1回もありません。
2日目・3日目にやることは、練習ではなくテストです。まず見ないで全部書いてみて、書けたものには手をつけない。書けなかったものだけを、さっきの4回(3回見て書く+1回見ないで書く)にかけます。回を追うごとに残る字が減るので、3日目はたいてい5分で終わります。
ここで大事なのは、書けた字を練習し直さないことです。できるものをくり返すのは気持ちがいいのですが、点は1点も増えません。
1字ずつ美しく書いていると、3字で力つきます。
練習のときは、形が合っていれば速くてよい。ただし部品はつぶさないこと。「灬」を線1本にしてしまうと、練習のあいだじゅうまちがった形を手に入れてしまいます。ていねいさを使うのは、練習のときではなくテストのときです。
読むのと書くのは、別の力です。読むのは「見て思い出す」、書くのは「何もないところから出す」。
後者のほうがずっと難しいので、読めた字を書ける字に数えないでください。確かめる方法は1つ、見ないで書いてみることだけです。
「治」だけ練習して「治る」「治める」を練習しないと、テストで送りがなを落とします。
漢字の覚え方を変えるというのは、書く回数を増やすことではなく、何を1セットとして覚えるかを変えることです。送りがなのつく字は、送りがなまで含めて1セットにしてください。
Q1 同じ字を10回書いたのに次の日に書けませんでした。いちばんの原因は?
A 10回のうち9回は自分の字を写していて、思い出す場面が0回だったから。1回でいいので、お手本をかくして書きます。
Q2 「復」「複」「腹」が全部「フク」と読むのはなぜ?
A 3つとも「复」という音を表す部品を持っているからです。左側の部品だけが、意味のちがいを表しています。
Q3 「治」の読みを「ジ・チ・おさめる・なおる」と並べて覚えました。何が足りない?
A 言葉です。政治・治水・国を治める・病気が治る、と言葉にして初めて、どの読みを使うかが決まります。
Q4 20字を30分で覚えます。前日に30分と、10分を3日に分けるのでは、どちらが残る?
A 10分×3日。同じ時間でも、思い出す場面が2回多く入るためです。しかも2日目以降は書けない字だけをやるので、実際にはもっと短く終わります。
Q1とQ4は、じつは同じことを言っています。覚える力を上げるのではなく、思い出す回数を増やす。漢字の練習で変えられるのは、そこだけです。
漢字練習は、量が目に見えるぶん「やった感」が出やすい学習です。ノートが黒くうまっていれば、こちらも安心しますし、本人も努力した気持ちになります。けれども次の日に書けないとき、原因はたいてい量ではなく中身のほうにあります。
見ていただきたいのは、練習中の目の動きです。お手本と手元を往復しているなら、それは写している時間です。写す時間を全部やめる必要はありません(形を手に入れるには必要です)。1字につき1回でいいので、お手本をかくして書く場面を入れてあげてください。そこで書けなかったとしても、失敗ではありません。テストの前に「まだ覚えていない字」が分かった、というのは得をした場面です。
もう一つ、テストが返ってきたときのお願いがあります。×の数を見るかわりに、×になった字のどこがちがうかを一緒に探してみてください。ほとんどの場合、字の9割は合っていて、点が1つ足りない、線が1本多い、といった小さなずれです。「ぜんぶまちがえた」と思っている子が、「1か所だけだった」と知るだけで、次の練習の重さが変わります。
なお、練習の時間を3日に分ける方法は、本人の意志ではなく予定で決まる部分が大きいところです。「習った日の夜に10分」だけは、声をかけて確保してあげると効きます。ここを逃すと、残りはすべて前日にまとまってしまいます。