社会科見学や家族旅行で、江戸時代にまよいこんだような古い町なみを歩いたことはありませんか。黒っぽい木の家がならび、かわら屋根がずっと続いて、まるでタイムスリップしたようです。ここで一つ質問です。あの町なみは「たまたま、こわれずにのこった」のでしょうか。じつは答えは逆で、だれかが「のこす」と決めて、ルールを作って、のこしているのです。
京都の町を歩くと、ふしぎなことに気づきます。全国どこでも同じはずの、コンビニやハンバーガー店の看板の色が、ちがうのです。いつもはまぶしい看板が茶色っぽい落ち着いた色になり、いつもは真っ赤な看板が、こげ茶色に近い色でひっそりと光っています。初めて見た人は「にせもののお店かな?」とびっくりするほどです。
これは、お店が気まぐれで色を変えたのではありません。京都市には、町の景色(景観)を守るための決まり=条例(じょうれい)があり、場所によって、看板に使ってよい色や大きさ、建物の高さまでが決められています。全国チェーンのお店も、京都に店を出すときは、この決まりに合わせた特別な色の看板を作るのです。
「看板の色くらい、自由でいいのに」と思うかもしれません。でも、想像してみてください。古いお寺の門の前に、ピカピカ光る真っ赤なかんばんがそびえ立ったら、せっかくの景色が台なしです。景色は一けんのお店だけのものではなく、町全体で一つの作品のようなもの。だから「この町では、みんなで色をそろえよう」という約束が作られました。この約束こそ、今日の主役である「町なみを守る作戦」の入り口です。
「古い建物なんだから、ほうっておけば、のこるのでは?」──そうはいきません。理由は三つあります。
第一に、日本の古い家は木でできています。木の家は、手入れをやめると屋根から雨がしみこみ、柱がくさり、かたむいていきます。第二に、火事です。木の家がぎっしりならんだ町は、一度火が出ると一気に燃え広がります。じっさい、日本の多くの町は、大火事で古い建物を何度も失ってきました。
そして第三に──これがいちばん大きな理由なのですが──建てかえです。古い家は、すきま風が寒く、台所はせまく、くらすには不便なところだらけです。住んでいる人が「こわして新しい家にしたい」と思うのは、ごく自然なことです。責められません。
つまり、だれも何もしなければ、古い町なみは少しずつ、しかし確実に消えていきます。今、古い町なみが見られる場所は「運がよかった場所」ではありません。消えそうになったとき、のこすほうをえらんだ場所なのです。
長野県の山の中に、妻籠宿(つまごじゅく)という古い町があります。江戸時代、中山道(なかせんどう)という街道を歩く旅人がとまった宿場町(しゅくばまち)です。ところが汽車や自動車の時代になると、歩く旅人は消え、町はさびれ、古い家々はこわされたり、よそへ売られたりしそうになりました。
そのとき妻籠の人たちは、全国にさきがけて、町ぐるみの決めごとを作りました。1971年に住民がかかげた約束の言葉が有名です。家や土地を「売らない・貸さない・こわさない」。お金になるからといって、よその人に売ってばらばらにしない。この三つをみんなで守って、町なみをまるごと次の時代へわたすと決めたのです。
この動きは、国も動かしました。1975年、国は重要伝統的建造物群保存地区(じゅうようでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)という制度を作ります。おそろしく長い名前ですが、区切って読めばわかります。「伝統的な建造物(=昔ながらの建物)」の「群(=むれ)」がのこる「地区」を、国が「重要」とみとめて守る、という意味です。今では全国で120をこえる地区がえらばれています。
| 場所 | 都道府県 | どんな町なみ? |
|---|---|---|
| 川越(かわごえ) | 埼玉県 | 蔵(くら)造りの商人の町。「小江戸」とよばれる |
| 妻籠宿(つまごじゅく) | 長野県 | 中山道の宿場町。町なみ保存運動のさきがけ |
| 白川郷(しらかわごう) | 岐阜県 | 合掌造り(がっしょうづくり)の農村。世界遺産 |
| 倉敷(くらしき) | 岡山県 | 白いかべと黒いかわらがつづく美観地区 |
| 祇園(ぎおん)など | 京都府 | 京町家(きょうまちや)がならぶ通り |
世界遺産になった白川郷では、合掌造りの急な三角屋根のふきかえを、結(ゆい)とよばれる助け合いで行ってきました。何十人もの村人が屋根に上がり、力を合わせてカヤを取りかえます。のこされてきたのは建物だけではなく、守るためのしくみごとだと分かります。
古い町なみを訪れたら、建物の写真をとるだけで帰るのはもったいないです。おすすめは、「そこに無いもの」をさがすこと。守る作戦は、無いものにかくれています。
まず、空を見上げてください。電柱と電線が、ありません。ふつうの町なら空をよこぎっているはずの黒い線が、一本も無いのです。もちろん電気が来ていないのではなく、工事をして電線を地面の下にうめてあります(無電柱化)。江戸時代の空に電線は無かったのだから、見えない場所に引っこしてもらおう、というわけです。
次に、自動はんばい機を見てください。ピカピカの赤や青のままではなく、木の色のカバーで包まれていることがあります。町によっては、ポストや交番、ごみ置き場まで、町なみに合わせた色やデザインに作られています。
そして目をこらすと、「古く見えるけれど、じつは新しい建物」が見つかります。保存地区では、新しく家や店を建てるときも、高さ・屋根の形・かべの色を町なみに合わせる決まりがあるからです。最初に見た京都の看板と同じで、新しいものを作るときのルールこそが、町なみを守る作戦の中身なのです。教科書ではこうした場所を、伝統的な町なみを守る地域として学びます。古いものをガラスケースに入れるのではなく、「これから作るもの」に注文をつける。ここがこの作戦のかしこいところです。
わすれてはいけないのは、こうした町なみのほとんどが、今も人がくらしている、ふつうの家や店だということです。博物館のてんじ物ではありません。あの格子(こうし)窓の中では、今日もだれかがごはんを作り、宿題をして、ねむっています。
だから、守ることには苦労がついてきます。古い家の修理は、ふつうの家よりずっとお金がかかります。昔ながらの材料が手に入りにくく、直せる職人さんも少ないからです。そこで国や市町村は、修理にかかるお金の一部を補助して、住む人をささえています。それでも、「台所を広くしたい」「まどを大きくしたい」といった自由は、ふつうの家よりせまくなります。
逆向きのなやみもあります。観光客がふえすぎて、せまい道が人でいっぱいになり、ごみやさわがしさに住んでいる人がこまる町が出てきたのです。見に来てもらえるのはうれしい、でも生活がこわれてはいけない──このつな引きに、どの町も頭をなやませています。
それでも多くの町が守り続けるのは、町なみが町の宝であると同時に、町の仕事を生むからです。町なみを見に人が来て、旅館やみやげ物店ではたらく人がくらしていけます。「わたしたちの県」の勉強で見たとおり、土地の特色は産業とつながっています。古い町なみは過去のかざりではなく、今の町をささえる産業の種でもあるのです。
保存地区にならぶ家の多くは、持ち主のいる、ふつうの住まいやお店です。国の制度は「この地区は大事です」とみとめて応援するしくみであって、家を国のものにするわけではありません。だから見学のときは、よその家の庭をのぞかない、かってに入らないというマナーが、ふつうの住宅街と同じように大切です。
順番をまちがえやすいところです。妻籠宿では、まず住民が自分たちで約束を作り、あとから国の制度がそれを追いかけました。もちろん、どの町でも「保存したい人」と「開発して便利にしたい人」の意見のぶつかり合いはありました。話し合って、自分たちの町の進む道を自分たちで決めた結果が、今の町なみです。
古い町なみの建物は、こわれた所を直し、くさった柱を取りかえながら、使われ続けています。白川郷の屋根がくり返しふきかえられてきたように、のこすとは時間を止めることではなく、直しながら使い続けることです。だから百年後の町なみには、今年修理されたばかりの柱もまじっています。それでいいのです。
① 看板の色しらべ: 同じチェーン店の看板が、場所によって色がちがわないか、出かけた先で見比べてみましょう。駅前と、お城や神社の近くでは、同じ店でも顔つきがちがうことがあります。
② 古いものさがし: 学校のまわりにも、古い蔵や門、石碑(せきひ)がのこっていませんか。3年生の「学校のまわり」で作った地図に、見つけた古いものの印を足してみると、町の歴史の地図になります。
③ 電柱チェック: 自分の町の通りの写真をとって、電線が何本うつるか数えてみてください。そのあと、無電柱化された通りの写真と見比べると、空の広さのちがいにおどろくはずです。
次に古い町なみを歩くとき、建物と一しょに「無いもの」と「新しいのに古く見えるもの」をさがしてみてください。それが見つけられたら、あなたはもう、景色をただながめる人ではなく、町の作戦を読める人です。
本記事は4年社会「県内の特色ある地域」のうち、伝統的な町並みの保存・活用を扱う単元の拡張です。観光の対象として消費されがちな古い町並みを、「残す」という意思決定と、それを支える仕組み(住民憲章・重要伝統的建造物群保存地区・景観条例)の側から捉え直しました。旅行の際は、建物そのものより「電柱が無い」「看板の色がちがう」「自販機にカバーが掛かっている」といった規制の痕跡を一緒に探してみてください。景観が個人の持ち物ではなく、みんなで管理する公共の財産であることが、説明ではなく発見として伝わります。
また本文では、保存と生活・観光の間の緊張関係(修理費の負担、建て替えの自由の制限、観光客の集中)も意図的に紹介しています。「守るのは良いこと」で終わらせず、「住んでいる人は何をがまんして、何を得ているのだろう」と問いかけていただくと、5年生で学ぶ環境保全や公害の単元にもつながる、立場を変えて考える練習になります。