「電卓があるのに、どうして計算の勉強をするの?」。一度は思ったことがあるはずです。この記事の答えは逆向きです。電卓がいちばん役に立つのは、暗算とがい数ができる人なのです。そのわけを、家の電卓ひとつで確かめていきます。
家にある電卓で、左から順に 2 + 3 × 4 = と打ってみてください。
4年生で習う「計算のきまり」では、かけ算はたし算より先に計算します。だから正しい答えは 3×4=12 を先にやって、2+12=14 です。
ところが、ふつうの電卓の多くは打たれた順に計算します。2+3 でまず 5 にして、それに ×4 をして 20。きまりを知らないのではなく、「=を待たずに、来た順にすませる」という作りになっているのです。いっぽう、スマートフォンの電卓や学校・会社で使う関数電卓には、かけ算を先にやるものがあります。同じ式なのに、機械によって 20 と 14 に分かれる。どちらの順番で計算させるかを決めるのは、打つ人の仕事だと分かります。
手もとの電卓が「来た順」タイプなら、2+3×4 は 3 × 4 + 2 = の順に打ちかえれば 14 が出ます。式を読んで、先にやるところから打つ。これは計算のきまりを知っている人にしかできません。
| 式 | 計算のきまりの答え | 「来た順」電卓の答え |
|---|---|---|
| 2+3×4 | 14 | 20 |
| 10−2×3 | 4 | 24 |
| 5+5×0 | 5 | 0 |
3行目がいちばんこわい例です。5+5×0 の正しい答えは、5×0=0 を先にやって 5+0=5。でも来た順だと 5+5=10 にしてから ×0 で、答えが 0 になります。ゼロをかける場所がずれるだけで、答えが消えてしまうのです。
電卓は、押された数どうしの計算を絶対にまちがえません。38×47 のような、人がよく落とす計算も一瞬で正しく出します。では何をしてくれないのでしょうか。
①は文章題のことです。「1こ398円のパンを6こ買うと?」という場面から 398×6 という式を取り出す仕事は、電卓のボタンのどこにもありません。②はさっきの実験のとおりです。そして今日いちばん伝えたいのが③です。
電卓は、打ちまちがえた式でも平気な顔で正しく計算します。6 を押したつもりが押せていなくても、0 を1個多く押しても、画面には堂々とした答えが出ます。まちがいに気づく仕事は、全部こちらに残されているのです。
1こ398円のパンを6こ。電卓で 398×6 を打つつもりが、指がすべって 6 を2回押し、398×66 になったとします。
画面の 26268 を見て、あなたは止まれるでしょうか。止まれる人は、打つ前にがい数で見当をつけていた人です。398 はだいたい 400。400×6=2400。だから答えは 2400 くらいのはず。26268 は 2400 の10倍以上もあるので、「これはおかしい」とすぐ分かります。
もうひとつ、けたの数でも見張れます。3けた×1けたの答えは、いちばん大きい 999×9 でも 8991 で、4けたまでしかありません。26268 は5けた。けたを数えるだけで、中身を見なくてもまちがいだと分かるのです。
つまり順番が逆なのです。がい数や暗算は「電卓がないときの代わりの道具」ではありません。電卓の答えを受け取る前に用意しておく、ものさしです。ものさしを持たずに電卓を使う人は、26268 をそのままノートに写してしまいます。
もうひとつ実験です。電卓で 1 ÷ 3 × 3 = と打ってみてください。
1÷3 の答えは 0.33333…… と、3がどこまでも続く数です。ところが電卓の画面には 8けたや10けたぶんしか入りません。だから電卓は、入りきらないしっぽをとちゅうで切り捨てて 0.3333333 として覚えます。それに3をかけるので、0.9999999 になってしまうのです。
もし手もとの電卓で、ぴったり 1 が出たら、それはそれで発見です。そういう電卓は、画面に見せている数より多くのけたをかくれて持っているか、分数のまま覚えるくふうをしています。9がならんでも 1 が出ても、「電卓は画面のけた数までしか数を持てない」というしくみが見えたことになります。
人の計算は、分数を使えば 1/3 × 3 = ぴったり1 と言い切れます。切りすてずに答えを言えるのは、ここでは人のほうなのです。電卓は万能の箱ではなく、得意と苦手のある道具だと分かります。
押しまちがいに気づいたとき、多くの子が C を押して最初からやり直します。でも電卓には、直前に打った数だけを消すボタンが用意されています。
長い計算の終わりのほうで打ちまちがえたとき、C で全部消すと、また最初からぜんぶ打ち直しです。打ち直す回数がふえるほど、新しい押しまちがいの入り口もふえます。CE を知っているだけで、やり直しは1歩ですみます。ボタンの名前は電卓によって少しちがう(CE が C、全部消すほうが AC になっているものもあります)ので、一度自分の電卓で「どっちのボタンがどこまで消すか」を試しておくと安心です。
日本で電卓がはじめて売り出されたのは1964年です。さいしょの電卓はつくえの上いっぱいの大きさで、重さ約25kg、ねだんは53万5000円。当時は小さな自動車が買えるほどの金額でした。それが1972年には1万2800円の手のひらサイズになり、いまでは100円ショップにもならんでいます。およそ60年で、ねだんが約5000分の1になった道具はそうありません。
ちなみに電卓が生まれる前の1946年、東京で「そろばん 対 電気で動く計算機」の競争が行われ、たし算やひき算ではそろばんの選手が勝ったという記録が残っています。機械が速いかどうかは、使う人のうでと種目しだいだった時代があるのです。3年生でそろばんを習ったのは、電卓とちがって玉の動きで「5のかたまり」と位が目に見えるからでした。道具にはそれぞれ、引き受けてくれる仕事と、こちらに残す仕事があります。
4年生の教科書にも、電卓のマークがついた問題があります。億や兆のような大きな数の計算や、資料の整理で長い列を足すときです。ここで電卓を使うのは、ずるではありません。考える時間を、けたの多い作業にうばわれないためです。
おすすめの使い方は、ひっ算の宿題が終わったあとの答え合わせ係です。自分のひっ算と電卓の答えがちがったら、どちらかがまちがえています。電卓の計算そのものは正しいので、ちがいの原因は「自分のひっ算」か「自分の押し方」のどちらか。がい数のものさしを当てれば、どちらをうたがうべきかまで見当がつきます。ひっ算の練習にもなり、電卓の練習にもなる、一人二役の遊びです。
その1:答えを写す前に、見ない。電卓の答えは正しいはず、と思って画面をそのままノートに写してしまう。写す前に「だいたいいくつのはずだったか」を一度だけ思い出してください。ものさしのない答えは、確かめられません。
その2:長い式を一気に打つ。かけ算とたし算のまじった式を左はしから一気に打つと、来た順タイプの電卓では順番がくずれます。先にやるかたまりを決めて、かたまりごとに打つのが安全です。
その3:0.9999999 を見てこわれたと思う。こわれていません。画面に入りきらないけたを切りすてた、電卓なりの精いっぱいの答えです。しくみを知っていれば、あわてずに「ほぼ1のことだな」と読めます。
その4:Cしか使わない。1文字まちがえるたびに全部消していると、長い計算ほどやり直しがふくらみます。自分の電卓のどのボタンが「1つだけ消す」なのか、先に確かめておきましょう。
Q1 手もとの電卓で 2+3×4= を打つと 20 が出ました。この電卓で正しい答え 14 を出すには、どの順に打てばいいでしょう。
A 先にやるほうから打ちます。3 × 4 = 12、つづけて + 2 = で 14。式を読んで順番を決めるのは打つ人の仕事です。
Q2 1こ 512円のおかしを 4こ買います。電卓の画面に 20480 と出ました。信じてよいでしょうか。
A がい数で見当をつけます。512はだいたい500、500×4=2000。20480 はその10倍なのでおかしい。0 を1回多く押して 5120×4 にした押しまちがいで、正しくは 512×4=2048円です。
Q3 3けた×1けたの計算で、電卓に 31968 と出ました。中身を確かめずに「まちがい」と言い切れるのはなぜでしょう。
A 3けた×1けたの答えは 999×9=8991 が最大で、4けたまでしかないからです。31968 は5けたなので、式のほうがまちがっています。
Q4 1÷3×3 で 0.9999999 と出ました。電卓がこわれていない証拠を、ひとことで説明してみましょう。
A 1÷3=0.33333…… は画面に入りきらないので、電卓がとちゅうで切りすててから3をかけたため。分数で考えれば 1/3×3 はぴったり1です。
Q5 278+65 のつもりで 278+56 と打ってしまいました。C を押さずに直すには?
A CE(クリアエントリー)で直前の 56 だけを消し、65 を打ち直します。278+ のとちゅうは残っているので、答えは 343。
「電卓にたよると計算力が落ちる」と遠ざけるのも、「どうせ将来は電卓を使うのだから」とひっ算を軽んじるのも、どちらも電卓という道具の半分しか見ていないように思います。電卓は計算の実行だけを引き受け、式を立てる・順番をさばく・答えのけたを見積もる、という判断の部分をすべて使い手に残します。つまり電卓を安全に使えること自体が、がい数と暗算の学習の成果です。
おすすめは、お子さんのひっ算の宿題が終わったあとに、電卓を「答え合わせ係」として渡すことです。ちがう答えが出たら、どちらがまちがえたかを推理する遊びになります。このとき「先に、だいたいいくつになりそう?」とひとこと聞いてから打たせると、見積もりが習慣になります。また、2+3×4 の実験は、家の電卓・スマートフォン・ゲーム機の電卓など台数があるほど盛り上がります。機械によって答えがちがうという体験は、「道具の答えを確かめてから使う」という、算数にかぎらない態度の入り口になってくれます。