冬のある日、ドアノブに手をのばした瞬間、指先でパチッと鳴る。思わず手を引っこめる、あの一瞬です。たいていは「静電気がたまっていたんだよ」の一言で終わります。でも、その説明はよく考えるとふしぎな形をしています。電気は、こすったくらいで生まれたりしません。生まれていないものが、どうやってたまるのでしょうか。じつは、あのとき動いていたのは電気の片方だけで、パチッと鳴るのはたまった瞬間ではなく、かたよりがもとにもどる瞬間です。下じきで髪が立つのも、こすっていない紙が引きよせられるのも、夏にはパチッとこないのも、ぜんぶこの一本の仕組みで説明がつきます。
先に正直なことを書いておきます。「静電気」という言葉は、小学校の理科の教科書にはほとんど出てきません。くわしく習うのは中学2年です。それなのにこの記事を書いたのは、小学生のほうが先に、体で経験してしまっているからです。冬のドアノブ、下じきと髪の毛、セーターを脱ぐときのパチパチ、テレビの画面にたまるほこり。習う前に出会っているのに、説明だけが何年も先にある、という妙な状態になっています。
とはいえ、まったくの白紙から始める話でもありません。4年生では「電気のはたらき」で、かん電池と回路を習いました。3年生では「電気の通り道」で、輪のようにつながったときだけ明かりがつくことを確かめています。この記事は、その知識のすぐ横に立っています。
| かん電池の電気 | 静電気 | |
|---|---|---|
| 通り道(回路) | 輪になっていないと流れない | 回路はない。空気をむりやり通る |
| 流れる時間 | スイッチを入れているあいだ、ずっと | 1000分の1秒より短い一瞬だけ |
| 電気を起こすもの | 電池の中の薬品 | 物と物をこすったこと |
| 電圧 | 1.5ボルト | 数千ボルト |
| エネルギーの量 | とても多い | とても少ない |
表の下から二行が、この記事でいちばん引っかかるところだと思います。電圧はかん電池の何千倍もあるのに、エネルギーはずっと少ない。この二つが同時に成り立つ理由は、あとの節でちゃんと説明します。
まず、いちばん大事なところから。物の中には、はじめから電気が入っています。何もしていない下じきにも、あなたの手にも、机にも入っています。しかも、プラスの電気とマイナスの電気が、きっちり同じ数だけ入っています。
同じ数あるとどうなるか。おたがいに打ち消し合って、外から見ると「電気がない」ように見えます。ふだん下じきにさわっても何も起きないのは、電気がないからではなく、プラスとマイナスが引き分けているからです。
さて、ここでこすります。こすると何が起きるか。プラスは動きません。動けるのはマイナスのほうだけです。プラスの電気は物のしんの部分にがっちり固定されていて、こすったくらいでは引っこししません。マイナスの電気は、そのまわりにいて、相手によっては引っこすことができます。
下じきを髪の毛でこすると、髪の毛のマイナスが何個か下じきへ引っこします。すると、こうなります。
よく見てください。マイナスの合計は、こする前もあとも同じ数です。下じきに13個、髪に7個、合わせて20個。こする前も、10個と10個で20個でした。新しく作られた電気は、ひとつもありません。
こすって起きたのは、電気が生まれたことではなく、電気がかたよったことです。片方に多すぎ、片方に足りなすぎ。この「かたよった状態」のことを、静電気といいます。「静」は、止まっているという意味です。かん電池の電気のように流れつづけるのではなく、かたよったまま、その場に止まっているからこの名前がついています。
言いかえると、こすったあとの二つの物は、けんかをしているのではなく、貸し借りをしている状態です。借りた側はマイナスが多く、貸した側は足りない。そして自然は、この貸し借りをそのままにしておくのがあまり好きではありません。ここから先の話は、すべて「借りたものが、いつ、どうやって返るか」の話になります。
ここでよくある質問があります。「下じきがマイナスになると決まっているのか」。決まっていません。どちらがマイナスを受け取るかは、組み合わせで変わります。
物には「マイナスを手ばなしやすい順番」があります。おおまかに並べると、こうなります。
この並びで左にあるほうがプラス、右にあるほうがマイナスになります。髪の毛と下じきなら、髪が左なので髪がプラス、下じきがマイナス。これがさっきの図でした。
おもしろいのは、同じ物でも相手によって結果がひっくり返ることです。紙は、下じきとこすれば左側なのでプラスになりますが、髪の毛とこすれば右側なのでマイナスになります。紙そのものに「プラスの性質」があるわけではありません。あくまで二つのものの関係で決まります。
セーターを脱ぐときにパチパチいうのも、この表で説明がつきます。毛のセーターは左のほう、下に着ているシャツがポリエステルなら右のほう。離れた組み合わせほどマイナスがたくさん引っこすので、かたよりが大きくなります。もめんの肌着なら、セーターとの距離が近いので、そこまで派手にはなりません。
かたよりができると、物と物のあいだに力が生まれます。きまりは二行だけです。
これで、あの実験が読めます。下じきで髪をこすったあと、髪が1本ずつばらばらに立ち上がりますね。あれは下じきに引っぱられているだけではありません。こすられた髪はどの1本もプラスになったので、となりの髪としりぞけ合い、たがいにできるだけ遠ざかろうとして広がっているのです。1本ずつ、すき間をあけて立つのはそのためです。
同時に、髪はマイナスになった下じきのほうへ引きよせられます。しりぞけ合う力と引き合う力が、同じ頭の上で同時に起きている。だから下じきを持ち上げると、髪が広がったままついてきます。
ふくらませた風船を、毛のセーターで20回ほどこすってから、かべにそっと押しつけてみてください。手をはなしても落ちません。かべはこすっていないのに、です。これが次の節の話です。
ここが、静電気でいちばんふしぎに見えるところです。こすった下じきを、ちぎったティッシュに近づけると、ティッシュが飛びついてきます。でもティッシュはこすっていません。プラスにもマイナスにもかたよっていないはずです。かたよっていないものが、なぜ引かれるのでしょうか。
答えは、近づけた瞬間に、ティッシュの中でかたよりが起きるからです。
下じきのマイナスが、ティッシュの中のマイナスを向こう側へ押しやり、プラスを手前に残します。ティッシュ全体ではプラスもマイナスも数は変わっていないのに、場所だけがずれるのです。
そうすると、下じきに近いのはプラス(=引き合う)、遠いのはマイナス(=しりぞけ合う)になります。力は近いほど強いので、引き合う力が勝ちます。結果として、こすっていないティッシュが引きよせられる。風船がかべにはりつくのも、テレビの画面にほこりがたまるのも、水道の細い水の流れが下じきに近づけると曲がるのも、全部これです。
ここで、3年生で習ったじしゃくと比べてみると、ちがいがはっきりします。
| じしゃく | 静電気 | |
|---|---|---|
| 引きつけるもの | 鉄など、決まった金属だけ | 紙・髪・ほこり・水・アルミなど、ほとんど何でも |
| ガラスやプラスチック | まったく反応しない | 引きつけられる |
| 2つに切ると | 切っても必ずN極とS極の両方ができる | プラスの物とマイナスの物に、別々に分けられる |
| いつまで続くか | 何年も変わらない | しばらくすると消える |
「じしゃくみたいなもの」と説明されることがありますが、引きつける相手の広さがまるでちがいます。じしゃくを紙に近づけても何も起きません。静電気は紙でも水でも引きます。にているのは「近づけただけで力がはたらく」という一点だけです。
さて、本題にもどります。ドアノブです。
冬、へやの中を歩いているだけでも、くつ下とゆか、服と服がこすれています。そのたびにマイナスの貸し借りが起きて、体全体がじわじわとかたよっていきます。これが、よく言われる「静電気がたまった」状態です。ただし正確には、電気がたまったのではなく、かたよりが大きくなったのでした。
ここで金属のドアノブに手をのばします。金属は、マイナスがとても動きやすい物です。つまり、かたよりを直すのにこれ以上ないほど都合のいい相手が、目の前にあらわれたことになります。
ところが、あいだに空気があります。空気は電気を通さない物です。電池と豆電球のあいだの線を切ったら明かりが消えるのと同じで、ふつうなら何も起きないはずです。
ところが、かたよりが大きくなりすぎると、通さないはずの空気をむりやり通りぬけてしまうのです。空気1ミリメートルをこじあけるのに、だいたい3000ボルトの力が要ります。冬に体がためこむかたよりは、しばしばこれをこえます。
あの音は、電気そのものの音ではありません。電気が通った道の空気が、一瞬で熱せられてふくらんだ音です。暗いところでやると、うすく光るのが見えます。音も光も、出しているのは空気のほうです。
そして、いちばん大事なこと。パチッと鳴った時点で、かたよりはもう終わっています。たまっていくあいだは何も感じません。感じるのは、もどる一瞬だけです。だから「たまっている電気が痛い」のではなく、「返しているときが痛い」が正しい言い方になります。
ここで、最初の表にあった気になる行にもどります。静電気は数千ボルト、かん電池は1.5ボルト。数千倍です。それなのに、かん電池をさわっても平気で、静電気はあんなに痛い。しかも、静電気で大けがをしたという話は聞きません。どうなっているのでしょうか。
ボルトという単位は、電気を押す力の強さを表しています。電気の量ではありません。どれだけ強く押しても、押すものがほんの少ししかなければ、できる仕事はたかが知れています。
数で比べてみます。単3のアルカリかん電池1本がもっているエネルギーは、およそ1万ジュール。ドアノブのパチッ1回分は、およそ1000分の1ジュールです。
だから、あれだけ強く押されても、走る電気はほんのひとにぎりで、しかも1000分の1秒よりも短いあいだに終わります。強さは一級、量は最低。痛いのに無事なのは、そういう理由です。
ここで話を終わらせると、あぶない勘ちがいが残ります。ガソリンスタンドの給油機のそばに、「給油の前にここにさわってください」という黒いパッドがついているのを見たことがあるでしょうか。あれは静電気を逃がすためのものです。ガソリンの蒸気は、およそ1000分の0.2ジュールで燃え出します。さっきのパチッ1回分より、ずっと小さい値です。つまり、人が気にもとめない大きさの静電気で、じゅうぶんに火がつきます。小さいことと安全なことは、別の話です。
「静電気は冬のもの」と思われています。半分だけ当たっています。こすれば夏でも同じようにかたよります。ちがうのは、そのあとです。
空気の中には、水の粒がうかんでいます。しめった日にはたくさん、かわいた日にはわずかしかありません。この水の粒は、物の表面にうすい膜をつくります。そして、水はマイナスの電気を運べるのです。
| 空気のしめり気 | かたよりができたあと | 体感 |
|---|---|---|
| しめっている(夏・つゆの時期) | 表面の水の膜を通って、できたそばから少しずつ逃げる | たまらないので、パチッとこない |
| かわいている(冬・晴れた日) | 逃げ道がないので、かたよりがどんどん積み上がる | ある日、限界をこえてパチッ |
おおよその目安として、しめり気が2割を切るころからよく起きるようになり、6割をこえるとほとんど起きなくなります。冬の部屋は、暖房をつけるとさらにかわきます。「冬に静電気が増える」のではなく、「冬は逃げ道がふさがる」。これが正しい理解です。
ついでに、もう一つの勘ちがいも片づけておきます。
そう言われることがありますが、人によってそこまで大きな差があるわけではありません。差を生んでいるのは、たいてい着ている服の組み合わせと、いる場所のかわき具合です。同じ人でも、もめんの服にかえた日はパチッとこなくなります。「体質だから仕方ない」であきらめる前に、さっきの並び順を思い出して、服の組み合わせを一つ変えてみるほうが早いです。
静電気を防ぐ方法はいくつも紹介されていますが、おまじないのように覚えると忘れます。理由といっしょに見ると、どれも同じ一つの考え方でできていることがわかります。逃がすなと言っているのではなく、ゆっくり逃がせと言っているのです。
| やり方 | なぜ効くのか |
|---|---|
| ドアノブの前に、木のドアやコンクリートのかべをさわる | 木やコンクリートは、金属ほどではないが少しだけ電気を通す。ゆっくり流れるので火花にならない |
| 指先ではなく、手のひら全体でさわる | とがったところには電気が集まりやすい。指先一点だと火花になるが、広い面ならちらばる |
| 部屋に加湿器を置く/洗たく物を干す | 表面の水の膜が逃げ道になる。かたよりがたまる前に消える |
| もめんの肌着を選ぶ | 毛とポリエステルのように並びの離れた組み合わせを避けると、そもそもかたよりが小さい |
| 車から降りるとき、ドアの金属部分をにぎったまま降りる | 立ち上がる動作でかたよる前から金属につながっているので、たまる間がない |
どれも、電気を消しているわけではありません。逃げていく量は同じで、ちがうのは速さだけです。一瞬で返すから火花になり、じわじわ返すから何も起きない。ここが分かっていれば、新しい方法を自分で考えることもできます。
最後に、いちばん大きな静電気の話をします。かみなりです。
大きくふくれ上がった雲の中では、上のほうに氷の粒、下のほうに水の粒があり、はげしい空気の流れでぶつかり合っています。ぶつかってこすれると、どうなるか。もう知っていますね。マイナスが引っこして、かたよりができます。
ドアノブとまったく同じ順番です。ちがうのは大きさだけで、こちらは数億ボルト、走る道すじは数キロメートルにもなります。空気が一瞬で熱せられてはじける音が、あのゴロゴロという雷鳴です。指先で鳴るパチッと、空でとどろくかみなりは、規模がちがうだけの同じ現象でした。
ついでに言えば、光が先に見えて音があとから聞こえるのも、両方に共通しています。ドアノブでは近すぎて差が分かりませんが、かみなりでは何秒もずれます。音が空気の中を進む速さは1秒に約340メートルですから、光ってから3秒後に鳴れば、およそ1キロメートル先ということになります。
Q1 下じきで髪をこすると、髪が1本ずつばらばらに立ちます。なぜ、たばになってくっつかないのでしょう。
A こすられた髪が、どれも同じプラスになったからです。同じ印どうしはしりぞけ合うので、となりの髪とできるだけ遠ざかろうとして広がります。下じきに引かれる力と、髪どうしがしりぞけ合う力が、同時にはたらいています。
Q2 こすった下じきは、ちぎったティッシュも引きよせます。ティッシュはこすっていないのに、なぜ引かれるのでしょう。
A 下じきを近づけた瞬間、ティッシュの中で場所がずれるからです。下じきのマイナスに押されて、ティッシュの近い側にプラス、遠い側にマイナスが集まります。近いほうが力が強いので、引き合う力が勝ちます。ティッシュ全体のプラスとマイナスの数は、最初から最後まで変わっていません。
Q3 同じセーターを着ていても、パチッとくる日とこない日があります。何がちがうのでしょう。
A 空気のしめり気です。しめっていると物の表面に水のうすい膜ができ、かたよった電気がそこを通ってできたそばから逃げていきます。かわいた日は逃げ道がないので積み上がり、限界をこえた瞬間に火花になります。静電気が起きるかどうかではなく、逃げられるかどうかのちがいです。
Q4 ドアノブをさわる前にコンクリートのかべを手でさわっておくと、パチッときません。電気はどこへ消えたのでしょう。
A 消えていません。同じ量が、かべを通って逃げています。ちがうのは速さだけです。コンクリートは金属ほど電気を通さないので、じわじわとしか流れません。空気をこじあけるほどの勢いにならないので、火花も音も出ないのです。
Q5 静電気1回分のエネルギーは、かん電池1本の数百万分の1しかありません。それなのに、ガソリンスタンドでは静電気に注意するよう書いてあります。なぜでしょう。
A ガソリンの蒸気は、その静電気よりもさらに小さいエネルギーで燃え出すからです。目安としてパチッ1回がおよそ1000分の1ジュール、ガソリンの蒸気に火がつくのはおよそ1000分の0.2ジュール。じゅうぶん足ります。「小さいから安全」ではなく、「何に対して小さいか」で決まります。
Q1とQ2は引き合う力としりぞけ合う力、Q3とQ4は逃げ道の話、Q5は量の見方。ばらばらに見えますが、動いているのは「電気は生まれず、かたよって、やがてもどる」という一本の筋だけです。
静電気は、小学校の理科では単元として扱われません。本格的に習うのは中学2年です。それでも記事にしたのは、お子さんのほうが先に体験してしまっているからです。説明が用意されていない体験は、そのまま「そういうもの」として通り過ぎてしまい、あとで習うときに「知っているつもり」の壁になります。
ご家庭で試していただけるとよいのは、風船をセーターでこすって、かべにはりつける実験です。道具は風船ひとつで足ります。そのあと、細くした水道の水に近づけると、水の流れがすっと曲がります。水は金属でもなければ、こすってもいません。それでも曲がる ── ここでお子さんが「なんで?」と言ったら、この記事の五つ目の節がそのまま答えになります。
もう一点、生活の中で必ず役に立つ話として、ガソリンスタンドの除電パッドに触れました。セルフの給油機に必ずある黒い板です。給油はおとなの仕事ですが、「あれは何のためにあるのか」を車の中から説明していただくと、静電気が理屈ではなく安全の話として残ります。
なお、この記事ではマイナスの電気の正体(電子)という言葉は使わず、「動けるのはマイナスのほうだけ」という言い方にとどめました。中学でその名前を知ったときに、今回の図がそのまま使えるようにするためです。プラスが動かない理由に踏みこむには原子のつくりの話が必要で、そこは中学に譲るのが適切だと判断しました。