4年 理科 もののうごき

バスが止まると体が前に行く ── あのとき、体をおしたものは何もない

バスが止まるとき、体がぐらっと前に行きます。走り出すときは、後ろに引っぱられます。カーブでは外へ持っていかれます。毎日のように体験しているのに、このことを説明してもらったことは、たぶん一度もないはずです。よく「見えない力でおされている」と言われますが、この記事の答えは反対です。あのとき、体をおしたものは何もありません。おされていたのは、体ではなく乗り物のほうでした。

教科書のどこに出てくるか

先に正直に書いておきます。このきまりは、小学校の理科の教科書には出てきません。本格的に習うのは中学校です。

ただし、まわりの単元はすでに習っています。3年生の「風とゴムの力」では、力を加えると物が動き出すことをたしかめました。6年生の「てこ」では、力の大きさとはたらきを調べます。つまり「力を加えると動き出す」までは習うのに、「力を加えるのをやめたら、そのあとどうなるのか」だけが抜け落ちているのです。

この記事では、その抜け落ちたところをまとめて「もののうごき」と呼ぶことにします。教科書に出てくる単元の名前ではなく、この記事の中だけの呼び名です。

そして、その抜け落ちた部分こそ、毎朝バスや車や自転車で体験している部分です。説明されないので、多くの人は自分なりの説明を作って納得したまま大人になります。よくある自分なりの説明が「見えない力にドンとおされた」というものです。これはまちがいなのですが、まちがいだと気づくためのヒントが、じつは体験の中にちゃんとあります。

ヒントは「行き先がバラバラ」なこと

乗り物の中で体が持っていかれる場面を、3つ並べてみます。

そのとき乗り物は体はどちらへ行くか乗り物が向かった先
止まろうとしている前へ速さが小さくなる
走り出そうとしている後ろへ速さが大きくなる
右へカーブしている左(外)へ向きが右に変わる
まっすぐ同じ速さで走っているどこへも行かない何も変わらない

ここで、まん中の列と右の列を見くらべてください。体の行き先は、前・後ろ・左とバラバラです。ところが、その行き先はいつでも「乗り物が変えようとした向きの、ちょうど反対」になっています。

もし本当に「体をおす何か」がいるのなら、その何かは、バスが止まるときは後ろから、走り出すときは前から、右に曲がるときは右からおしていることになります。おす方向を毎回きっちり変えてくる相手など、どこにもいません。しかも4行目のように、まっすぐ同じ速さで走っているあいだは、時速何キロで走っていても体は何ともありません。速い・おそいではなく、変わるときだけ起きるのです。

ここがだいじ

調べるときのコツがあります。何かが起きたら「何がおされたか」ではなく、「何が変わったか」を先にさがすことです。この4行の表で、毎回変わっているのは体のほうではありません。速さや向きが変えられたのは、いつも乗り物のほうでした。

答え ── 体は、さっきまでの動きをつづけただけ

バスが止まるとき、何が起きているのかを順に追います。

① バスも自分も、同じ速さで前へ進んでいる ② 運転手がブレーキをふむ ③ ブレーキがきくのは「バス」 → バスの速さが小さくなる ④ 自分の体には、まだ何もされていない ⑤ だから体はさっきの速さのまま前へ進みつづける ⑥ バスは減り、自分はそのまま → 自分のほうが前に出る ⑦ 「前におされた」と感じる

⑥と⑦を見くらべてください。起きた事実は⑥で、感じたことが⑦です。この2つは同じではありません。前へ動いたのは事実ですが、おされたわけではないのです。おされて動いたのではなく、止められなかったから動きが残っただけです。

一行でいうと

動いているものは、じゃまが入らないかぎり、同じ速さでまっすぐ動きつづける。止まっているものは、止まりつづける。

走り出すときは、この逆です。おされて速くなったのはバスの床と座席で、体はまだ止まっていました。だからバスだけが先に行き、自分は取り残されて、後ろに引っぱられたように感じます。カーブも同じで、進む向きを変えられたのはバスであって、体はまっすぐ進もうとしただけです。3つとも、体は何もしていません。ただ、さっきまでの動きをつづけただけです。

数にしてみると、思ったよりずっと速い

「動きが残る」と言われても、どのくらいのことなのかがピンとこないと思います。数で見てみましょう。時速のままでは感じにくいので、1秒間に何メートル進むか(秒速)に直します。1時間は3600秒、1kmは1000mです。

時速36kmのバス  36km = 36000m  36000 ÷ 3600 = 10  → 秒速10m 歩いている人(時速4.8km)  4800 ÷ 3600 = 1.3… → 秒速およそ1.3m くらべると  10 ÷ 1.3 = 7.6…  → 歩くときのおよそ8倍

バスが止まりはじめたしゅんかん、あなたの体は歩いているときの約8倍の速さで前へ進んでいることになります。しかも、そのまま何もじゃまが入らなければ、5秒間で 10 × 5 = 50m 先まで進んでいく速さです。

もちろん、実際にはそこまで飛んでいきません。足のうらと床のまさつ、にぎっているつり革、座席の背もたれが、体を少しずつ減速させてくれるからです。つり革は、ぶら下がって遊ぶためではなく、体を減速させる役目のために付いています。つかまっていない人だけが前へ行ってしまうのは、その人の体にだけ減速させるものが足りていないからです。

車が時速72kmで走っていれば 72000 ÷ 3600 = 秒速20m。自転車でも時速18kmなら 18000 ÷ 3600 = 秒速5m です。自転車の秒速5mというのは、歩く人のおよそ4倍の速さで前へ進みつづけようとしている、ということになります。

家でできる実験3つ

乗り物の中では、あぶないので試せません。かわりに、机の上で同じことを起こします。どれも「止まっているものは止まりつづける」側の実験です。

① コップの上の10円玉

用意するもの:コップ、はがきくらいの厚紙、10円玉 手じゅん  1. コップの口に厚紙をのせる  2. 厚紙のまん中に10円玉をのせる  3. 厚紙のはしを、指で横へ「ピン」とはじく けっか  厚紙 → 横へ飛んでいく  10円玉 → コップの中へストンと落ちる

10円玉は横へ飛びません。止まっていた10円玉は、止まりつづけようとしたからです。厚紙だけが横へ引きぬかれ、10円玉はその場に残り、下がなくなったので落ちました。

ここで大事なのは、厚紙をゆっくり引くと失敗することです。ゆっくりだと、厚紙と10円玉のあいだのまさつが長いあいだはたらいて、10円玉もいっしょに横へ動いてしまいます。「速くやる」のがコツなのではなく、まさつのはたらく時間を短くしているのがコツです。テーブルクロス引きも、だるま落としも、まったく同じ理屈で成り立っています。

② コップの水

コップに水を半分入れて持ち、ゆかの上を歩く 歩き出すしゅんかん  → 水は 後ろ のふちへ寄る 立ち止まるしゅんかん → 水は 前 のふちへ寄る 同じ速さで歩いている間 → 水はまっすぐ

この3行は、はじめの表とそっくり同じ並びになっています。コップという乗り物の中で、水がお客さんになっているからです。バスの中のあなたは、コップの中の水とまったく同じことをしていたのです。

③ 引き出しを閉める

引き出しに軽い消しゴムを入れて、引き出しをいきおいよく閉めてみてください。引き出しは止まりますが、消しゴムはその先へ進もうとして、奥の板にぶつかって「コン」と音がします。中身がいつのまにか奥のほうでそろってしまうのは、このためです。ふだんだらしなく見えているものの中に、きまりが顔を出していることがあります。

電車の中でジャンプしても、後ろの車両には落ちない

ここまで読むと、逆に不思議に思うことが出てきます。時速72kmで走る電車の中でジャンプしたら、そのあいだに電車だけが進んで、自分は後ろのほうに落ちるのではないか、と。

実際には、飛び上がった場所とほとんど同じ場所に着地します。理由はもう分かっているはずです。ジャンプする前から、自分も秒速20mで前へ進んでいるからです。足がゆかをはなれても、その前向きの動きは消えません。自分も電車も同じ速さで前へ進んだまま、自分だけが上下に動いただけです。

この話は、もっと大きなところにもつながります。地球は回っています。赤道での速さを計算してみましょう。地球一周はおよそ40000km、一周するのにかかる時間は24時間です。

40000 ÷ 24 = 1666.6…  → 時速およそ1700km 秒速にすると  40000km = 40000000m  24時間 = 24 × 3600 = 86400秒  40000000 ÷ 86400 = 462.9… → 秒速およそ460m

赤道のあたりでは、地面そのものが秒速460mで動いている計算になります。それでもジャンプして西へ置いていかれないのは、自分も空気も建物も、すべて同じ速さで動いているからです。電車の中のジャンプと同じ話が、地球の大きさで起きているだけです。

気づいてほしいこと

「動いているかどうか」は、何を基準にするかで答えが変わります。電車の中で見れば、あなたは座っていて動いていません。線路のわきに立っている人から見れば、あなたは秒速20mで飛んでいきます。どちらもまちがいではありません。速さは、必ず「何から見て」とセットでないと決まらないのです。5年生の算数で速さを習うときには、この見方が土台になります。

シートベルトは、このきまりを利用して作られている

車のシートベルトには、ふしぎな性質があります。ゆっくり引くとするする出てくるのに、パッと強く引くと、ガチッと止まって出てこなくなります。あれは力の強さを見はっているのではありません。

ベルトを巻きとる部品の中には、小さなおもりが入っています。ふだんは車もおもりも同じ速さで動いているので、おもりは何もしません。ところが車が急に止まると、おもりだけが前へ進みつづけようとして、本体との位置がずれます。そのずれが、つめを歯車に引っかけて、ベルトをロックします。

ゆっくり → おもりも本体と同じように動く → ずれない → ベルトは出る 急    → おもりが取り残される     → ずれる → つめが歯車をつかむ → 止まる

つまりシートベルトは、「体が前へ進みつづけようとする」というまさにその性質を、小さなおもりの形で部品の中にもう一つ入れておき、それに見はり番をさせているのです。しくみのくわしい作りは車によってちがい、ベルトが引き出される速さのほうで感じとるものもありますが、考え方は同じです。

エアバッグも、ヘッドレスト(頭を支える部分)も、ねらいはそろっています。体が前へ進みつづけてしまうことは止められないので、進んだ先に受け止めるものを置いて、止まるまでの時間を長くするのです。後ろから追突されたときに首をいためやすいのは、座席におされて体が先に前へ行き、頭だけが後ろに取り残されるからです。ヘッドレストの高さを自分の頭に合わせておくのは、そのためです。

では、なぜ転がしたボールは止まるのか

ここで、大きな疑問が残っているはずです。「動いているものは動きつづける」のなら、ゆかで転がしたボールが止まるのはおかしいのではないか、と。

これは、この記事でいちばんひっくり返してほしい考え方です。ボールは、ひとりでに止まったのではありません。止められたのです。ゆかとのまさつと、ぶつかる空気が、少しずつ速さをうばっていきます。じゃまが入ったから止まった、というだけのことです。

どこで転がすかじゃまするものどうなるか
じゅうたんの上まさつが大きいすぐ止まる
体育館のゆかまさつは中くらいけっこう転がる
氷の上まさつが小さいなかなか止まらない
宇宙ゆかも空気もない止まらない

カーリングのストーンが氷の上を長くすべっていくのも、ブラシでこすってすべりをよくするのも、この表の3行目を人の手でさらに下へずらす作業です。

いちばん下の行が、このきまりがむき出しになる場所です。宇宙を進む探査機は、エンジンを止めても速さが落ちません。止める相手がいないからです。わたしたちは「止まるのがふつう」と思って育ちますが、それはゆかと空気のある場所に住んでいるからにすぎません。

ここは、まだ説明しきれない

人工衛星が地球のまわりを回りつづけて落ちてこないのは、この記事のきまりだけでは説明できません。地球に引かれて進む向きを曲げられながら、それでも前へ進みつづけている、という二つのことが同時に起きているからです。ここは中学以降にくわしく習います。この記事で説明がつくのは「速さが落ちない」ところまでで、「なぜ落ちてこないのか」はまだ先の話だ、と分けておいてください。

重いものほど、止めにくい

もうひとつ、日常でよく効く話をします。同じ速さで走っていても、重いもののほうが止めにくいのです。買い物のカートに何も入っていないときと、いっぱい入っているときとで、止めるのに要る力がちがうことは、体で知っていると思います。

だから大きなトラックは、ブレーキをふんでもすぐには止まれません。運転手がどれだけ上手でも、どれだけ早く気づいても、車の重さのぶんだけ進んでしまいます。「飛び出してはいけない」の本当の理由は、運転手が気づかないからではなく、気づいても止まれないからです。とまっている車のあいだから道路に出るのがとくにあぶないのは、運転手から見えないうえに、見えたときにはもう止まるための道のりが残っていないからです。

自転車でも同じです。下り坂でスピードが出ているとき、ブレーキをにぎっても思ったところで止まれません。うでの力が足りないのではなく、自分と自転車を合わせた重さが、そのままの速さで進みつづけようとしているからです。二人乗りが禁止されている理由のひとつも、重さが増えるとさらに止まれなくなることにあります。

ここから先は、中学・高校で

この記事では、わざと「向き」と「あるかないか」だけを使いました。では、どのくらいの力を加えると、どのくらい速さが変わるのか。そこを数の式で表すやり方は、中学3年から高校で習います。今の段階でその式だけを覚えても使いどころがないので、あえて出していません。

もうひとつ、正直に書いておくことがあります。バスの中から見ると、体は本当に前へおされているように見えます。じつは、乗り物の中から見たときだけに使う特別な言い方があり、そのときは「おす何か」があることにして計算します。外から見るか中から見るかで、説明のしかたが変わるのです。ただしどちらの見方をとっても、起きている事実は同じです。この記事は外から見る側だけを説明しました。中から見る側には、もっと先で出会います。

まとめ

おうちの方へ

この内容は小学校の理科では扱わず、中学校の「運動とエネルギー」で本格的に登場します。それでも記事にしたのは、お子さんが毎日、通学のバスや車や自転車でこの現象を体験しているのに、説明される機会だけが一度もないからです。説明されないと、人は自分なりの説明(見えない力におされた)を作ってしまい、それが中学以降の理解のさまたげになります。
ご家庭でいちばん手軽なのは、コップ・厚紙・10円玉の実験です。ポイントは、成功させたあとに「わざとゆっくり引いて失敗させる」ことです。速いときと遅いときで結果が変わるのを見ると、「速さが大事」ではなく「まさつのはたらく時間が大事」なのだと自分の言葉で言えるようになります。
車に乗るときは、シートベルトを一度ゆっくり引いてから、次にパッと強く引いてみせてください。同じベルトが出たり止まったりするのを手でたしかめると、安全装置が「理科のきまりでできている」ことが一度で伝わります。エアバッグやヘッドレストの話まで進めると、シートベルトを「言われたからする」ものから「理由が分かってする」ものに変えられます。
なお、この記事では慣性という用語も、力と加速度の関係を表す式も出していません。用語を先に覚えると、現象を見ないまま言葉で言いかえただけで分かった気になりやすいためです。中学でその名前に出会ったとき、今回のバスとコップの水の話がそのまま中身として使えるようにしてあります。