バッタを虫かごで飼っていると、ある朝、かごの中にバッタがもう一ぴきいるように見えることがあります。よく見ると、片方はぴくりとも動きません。それは死んだ仲間ではなく、ぬぎすてた皮です。さなぎにならない虫は、このぬぎかえをくり返して大人になります。
3年生の理科のこん虫の育ち方では、ふつうチョウのようにさなぎになる虫を先に学びます。そのあとバッタやトンボが出てきて、「こちらはさなぎにならない」とだけ教わって終わってしまうことがあります。ですが、いちばん大事なのはそこではありません。
わたしたちの体は、皮ふがいっしょにのびていきます。去年より背がのびても、皮ふが足りなくなって困ることはありません。こん虫の体の外がわは、これとまったくちがうつくりをしています。
こん虫の体は、かたい皮でぐるりとおおわれています。これは体を守るよろいであると同時に、内がわの骨のかわりに体をささえる役もしています。じょうぶなかわりに、一度できあがると、もうのびません。
ここに大きな問題が起きます。中身だけが育っていくと、よろいの内がわがぎゅうぎゅうになってしまいます。このままでは、それ以上大きくなれません。
そこでこん虫は、思い切った方法をとります。古い皮を、まるごとぬぎすてるのです。これをだっぴといいます。
だっぴの少し前、古い皮の内がわには、すでに新しいやわらかい皮ができあがっています。古い皮がわれて、虫がそこからぬけ出すと、しばらくのあいだ体はぐにゃぐにゃのままです。
この、やわらかいうちがチャンスです。虫は体に空気をすいこんでふくらみ、ひとまわり大きなサイズのまま新しい皮を固めます。固まってしまえば、次のだっぴが来るまで大きさはぴたりと止まったままです。
つまり、こん虫の成長はなめらかな坂道ではありません。階段です。
虫かごのバッタを毎日ながめていても、しばらく大きさが変わらないのはこのためです。「育っていないのかな」と心配になったころに、ある朝とつぜんひとまわり大きくなっている。その前の晩に、だっぴが起きていたのです。
だっぴをした直後の虫は、色がうすく、皮もやわらかいので、外てきにいちばんおそわれやすい状態になります。だからこん虫の多くは、暗い時間や、葉のうらのような見つかりにくい場所をえらんでだっぴをします。
そして、この階段のしくみはさなぎになる虫にも、ならない虫にも、どちらにもあります。チョウの幼虫も、大きくなる途中で何回も皮をぬいでいます。だっぴはこん虫に共通の土台で、さなぎはその上に足されたとくべつな一回にすぎません。
ここでよくある思いこみがあります。「さなぎにならない虫は、子どもと大人がそっくりだ」というものです。バッタだけを見ていると、たしかにそう思えます。小さいバッタは、羽がないだけで、もう親と同じ形をしています。
ところが、トンボを見るとこの考えはくずれます。トンボの幼虫はヤゴといい、水の中でくらしています。空を飛ぶ親とは、すみかも、食べ物も、体の形もまるでちがいます。それでもトンボは、さなぎになりません。
| 虫 | 幼虫のすみか | 親とのにている度 | さなぎ |
|---|---|---|---|
| バッタ | 草の上(親と同じ) | とてもにている | ならない |
| カマキリ | 草の上(親と同じ) | とてもにている | ならない |
| トンボ | 水の中 | にていない | ならない |
| セミ | 土の中 | にていない | ならない |
この表から分かるのは、「さなぎがあるかどうか」と「親ににているかどうか」は、別の話だということです。この二つを一つにまとめて覚えてしまうと、トンボやセミが出てきたときに必ずつまずきます。
では、トンボはいつ、水の中の体から空を飛ぶ体に変わるのでしょうか。答えは、最後のだっぴの一回です。ヤゴは水からはい上がり、草につかまって背中をわり、羽のある体でぬけ出します。動かない時間をわざわざ作るかわりに、最後のぬぎかえに大きな変化をまとめているのです。
羽も、とつぜんあらわれるわけではありません。大きく育ったバッタをよく見ると、背中に小さな羽のもとがついています。だっぴのたびにこれが少しずつのびて、最後のだっぴで飛べる羽になります。さなぎにならない虫の羽は、体の外がわで、見えるところで育っているのです。
ここまでを、順番の形でならべてみます。何がちがうのかが、はっきりします。
どちらも、たまごから始まって成虫で終わります。どちらも、とちゅうで何度もだっぴをします。ちがうのは、大きな変化をどこにまとめるかだけです。
さなぎになる虫は、動かない時間をわざわざ作って、そのあいだに体を作り直します。さなぎにならない虫は、その時間を作らず、だっぴのたびに少しずつ親の形へ近づけていきます。
どちらにも、よいところがあります。動かない時間を作らないということは、ずっと食べられて、ずっとにげられるということです。さなぎは、外てきに見つかってもにげることができません。バッタは、その危ない時間をもたずに大人になります。
一方で、少しずつしか変えられないので、子どもと大人でまるでちがう体をつくるのは苦手です。トンボやセミがそれをやってのけているのは、こん虫のなかでもかなり変わったやり方だといえます。
①「だっぴ=大きくなること」で止めてしまう
だっぴのほんとうの理由は、のびない皮を取りかえることです。「大きくなるためにぬぐ」ではなく「ぬがないと大きくなれない」と言いかえると、理由と結果の順番が正しくなります。
② ぬけがらを死んだ虫と見まちがえる
ぬけがらは形がそっくり残るので、とても虫らしく見えます。見分ける手がかりは中身です。うら返すと空どうで、目にあたる部分もすきとおっています。
③ 幼虫の名前でまよう
トンボの幼虫にはヤゴという別の名前がついているため、べつの生きものだと思ってしまう子がいます。よび名が変わっても、同じ一ぴきの続きです。
④ 羽が生えたら大人、ではなく、大人になったから羽が使える
羽のもとは幼虫のときからあります。飛べるようになった時点で、その虫はもうだっぴをしません。つまり成虫になった虫は、それ以上大きくなりません。小さいセミがやがて大きいセミに育つ、ということは起きないのです。
ぬけがらさがし
夏なら、公園の木のみきや低い葉のうらでセミのぬけがらが見つかります。とれたら、背中を見てください。まっすぐな切れ目が一本入っています。そこから体をぬき出したという証拠です。
大きさの記録をとる
バッタを数日飼うなら、方眼紙の上に置いて、体の長さを毎日書きとめます。何日も同じ数字が続いたあと、急に数字が上がる日が来ます。その前の晩にだっぴが起きています。折れ線にすると、階段の形が自分の記録として立ちあがってきます。
羽のもとをさがす
大きめのバッタをつかまえたら、背中の前のほうを横から見てください。うろこのような小さな板が左右についていれば、それが羽のもとです。ついていない小さな個体と見くらべると、育ちの段階のちがいが目で分かります。
飼うときは、つかまえた場所と同じような草を入れ、観察が終わったらもとの場所ににがします。だっぴの最中の虫には、けっしてさわらないでください。やわらかい体がゆがんだまま固まると、その虫は二度と元にもどれません。
Q1 虫かごのバッタが、1週間ずっと同じ大きさのままです。育っていないのでしょうか。
A 育っていないとはかぎりません。こん虫はだっぴの直後にだけ大きくなり、そのあいだは大きさが変わらないからです。次のだっぴが近づいているのかもしれません。
Q2 トンボはさなぎにならないのに、幼虫と成虫の形が大きくちがいます。どうしてですか。
A 最後のだっぴの一回に、大きな変化をまとめているからです。動かない時間を作らなくても、ぬぎかえのときにすがたを変えることはできます。
Q3 木にくっついていたセミのぬけがらは、セミの死がいですか。
A ちがいます。中身のない、ぬぎすてた皮です。うら返すと空っぽで、背中にぬけ出たときの切れ目が残っています。
Q4 小さいセミをつかまえました。えさをあげれば大きなセミになりますか。
A なりません。羽のある成虫は、もうだっぴをしないので大きさは変わりません。その虫は子どもではなく、小さい種類のセミです。
この単元は「たまご・幼虫・さなぎ・成虫」という言葉を覚えるだけの暗記になりがちですが、だっぴを中心にすえると、二つの育ち方が対立するものではなく、共通の土台の上にある差だと見えてきます。この見方は、中学の生物で出てくる外骨格や変態のしくみへ、そのままつながっていきます。
ご家庭で効くのは、ぬけがらを一つ持ち帰って机の上に置いておくことです。実物が手元にあると、「これは中身がない」という事実が言葉より早く入ります。夏のセミが手に入りにくければ、ダンゴムシやエビ、カニも同じように皮をぬぐ仲間ですから、食卓のエビのからを見せながら「これも同じで、のびないからぬぐんだよ」と話すだけでも十分です。
もしお子さんが「バッタとチョウ、どっちがすごいの」と聞いてきたら、どちらにも得意と苦手があるとお答えください。優劣ではなく条件のちがいとして生きものを見る目は、理科の学習全体を通して長く役に立ちます。