「山」は「やま」。でも「登山」になると「サン」。同じ字なのに、なぜ読み方が入れかわるのでしょう。理由が分かると、初めて見る熟語でも読み方の見当がつくようになります。
漢字を習っていくと、あるところで必ず引っかかります。同じ字なのに、言葉によって読み方が変わるのです。
「やま」と読んだり「サン」と読んだり。しかも、どちらもまちがいではありません。これを見て「漢字はややこしい」と思ってしまう子はとても多いのですが、じつはここには、きれいな理由があります。
漢字はもともと、日本で生まれた字ではありません。中国で作られた字が、海をこえて日本に入ってきたものです。そのとき、日本人は二つのことを同時にしました。
一つめは、中国での読み方をまねすること。中国の人が「山」の字を読むときの音を、耳で聞こえたとおりにまねて「サン」と読みました。これが音読みです。
二つめは、日本にもとからあった言葉を当てはめること。日本には、漢字が来る前から「やま」という言葉がありました。「山」という字が表しているものは、日本語で言えば「やま」だ。だから、この字を「やま」と読むことにしよう。こうして生まれたのが訓読みです。
つまり、読み方が二つあるのではありません。まねした音と、あてはめた日本語が、一つの字に同居しているのです。読み方が二つあるのは、事故ではなく、はじめからそういう仕組みだった、ということになります。
テストでよく出るのが「次の読みは音読みか訓読みか」という問題です。覚えるのはむずかしそうに見えますが、たった一つのためし方でほとんど解けます。
その読み方だけを声に出して、意味が分かるかどうかをためす。
やってみましょう。目をつぶって、「やま」とだけ言われたら、何のことか分かりますか。分かります。もりあがった土地のことです。では「サン」とだけ言われたら、どうでしょう。「三」なのか「酸」なのか「賛」なのか、何のことか決まりません。
なぜこれでうまくいくのでしょう。訓読みはもとから日本にあった言葉を当てたものなので、それ自体が意味を持っています。いっぽう音読みは音をまねただけなので、それだけでは意味を運べません。だから聞いても分からないのです。
ためすときは、頭の中で考えるより、小さな声でよいので実際に言ってみるほうが当たります。耳で聞くと、意味のある言葉かどうかがはっきり分かるからです。
もう一つ、目で見て分かる手がかりがあります。うしろにひらがなが続いている読みは、ほとんどが訓読みです。
「歩く」「話す」のように動きを表す言葉、「新しい」「早い」のようにようすを表す言葉は、日本語の形が変わる部分をひらがなで書きます。この形が変わる部分こそ日本語のしるしなので、そこがある読みは訓読みだと考えてよいのです。
ぎゃくに、漢字が二つ以上ならんだ言葉、つまり熟語は、音読み+音読みでできているものが多数をしめます。「学校」「先生」「電車」「教室」。声に出してみると、どれもカタカナで書きたくなるような音が続きます。この「カタカナで書きたくなる感じ」が、音読みの手ざわりです。
教科書や辞典で音読みをカタカナ、訓読みをひらがなで書き分けているのは、この手ざわりに合わせているからです。書き分けは決まりごとであると同時に、目で見て思い出すための工夫でもあります。
ここまでの話には、続きがあります。熟語の中には、音と訓がまざっているものがあるのです。
前が音で後ろが訓の読み方を、代表例の名前をとって重箱読みといいます。逆に前が訓で後ろが音のものを湯桶読みといいます。湯桶は、そば屋さんでそば湯を入れて出てくる、あの入れ物のことです。
名前は覚えなくてもかまいません。大事なのは、熟語だから全部音読み、とは決めつけられないと知っておくことです。「消印」を「ショウイン」と読んでしまうまちがいは、決めつけから起きます。正しくは「けしいん」で、これは訓+訓です。
読み方に迷ったら、意味から考えるのが早道です。「消印」は「消したしるしの印」。日本語でそのまま説明できる言葉なら、訓読みが混じっている可能性が高くなります。
漢字辞典には、調べ方が三つあります。部首でひく、画数でひく、そして音訓さくいんでひく方法です。三つのうち、いちばん速いのは音訓さくいんです。読み方さえ一つ分かっていれば、そこからたどれるからです。
音訓さくいんを開くと、こんなふうにならんでいます。
音読みはカタカナの行、訓読みはひらがなの行に入っています。ですから「サン」しか分からなくても、カタカナの「サ」のところを開けばよい。「やま」しか分からなくても、ひらがなの「や」を開けばよい。どちらか片方を知っていれば、もう片方も同時に分かるのが、この索引のいいところです。
そして辞典を引くと、その字の音読みと訓読みが上のほうにまとめて書いてあります。ここを一度見ておくと、その漢字が使われた新しい熟語に出会ったとき、読み方の見当がつくようになります。「持」の音読みが「ジ」だと知っていれば、初めて見る「持参」も「ジサン」と読めます。
読めない字をそのままにせず、辞典で音と訓の両方を確かめる。この習慣が、四年生以降の語い力の差になっていきます。
| つまずき | なぜ起きるか | 直し方 |
|---|---|---|
| 熟語をすべて音読みで読む | 「熟語=音読み」と覚えてしまった | 重箱読み・湯桶読みがあることを一度確かめ、意味から読みを考える |
| 音読みか訓読みかを当てずっぽうで答える | 判断する方法を持っていない | その読みだけを声に出し、意味が分かるかためす |
| 一つの字に読みが三つ以上あると混乱する | 字と読みが一対一で対応すると思っている | 「生」のように音も訓も複数ある字はふつうにあると知る |
三つめについて、少しおぎないます。「生」という字は、音読みだけでも「セイ」「ショウ」の二つ、訓読みは「いきる」「うまれる」「なま」「はえる」など、たくさんあります。これは特別なことではなく、よく使う字ほど読みが増えるという、ごく自然な現象です。
ですから、一度に全部を覚えようとしないでください。出会った言葉の中で、その読みを一つずつ足していくほうが、結果的に速く身につきます。「生活」で「セイ」を、「一生」で「ショウ」を覚える。言葉ごしに覚えた読みは忘れにくいのです。
Q1 「花」を「はな」と読むのは、音読みと訓読みのどちらですか。
A 訓読みです。「はな」とだけ聞いても意味が分かるからです。音読みは「カ」で、「開花」のように使います。
Q2 「本」を「ホン」と読むのは音読みですが、「ホン」だけ聞いても意味が分かる気がします。なぜでしょう。
A 「本」は日本語の中で長く使われるうちに、音読みのままで一つの言葉として定着したからです。こうした字は少数あり、まぎらわしい仲間として覚えておくとよいでしょう。
Q3 「手紙」の読み方は、音と訓のどちらがどう組み合わさっていますか。
A 「て」が訓読み、「がみ」は訓読みの「かみ」が変化したものです。つまり訓+訓の言葉です。
Q4 初めて見る熟語「加熱」を読むとき、どう見当をつけますか。
A 漢字二字の熟語なので、まず音読み+音読みをためします。「加」は「カ」、「熱」は「ネツ」なので「カネツ」。意味も「熱を加える」で通ります。
Q5 漢字辞典で、読み方だけしか分からない字を調べるには、どの調べ方を使いますか。
A 音訓さくいんです。カタカナの行から音読みで、ひらがなの行から訓読みで、どちらからでもたどれます。
音訓の区別は、三年生でつまずきが表面化しやすい単元です。原因の多くは、記おく量ではなく判断する道具を持っていないことにあります。この記事の「その読みだけを声に出して、意味が分かるかためす」という方法は、その場で使える道具として渡してあげられます。
ご家庭では、クイズの形が向いています。食事中に「『みず』って言われて意味分かる? じゃあ『スイ』は?」と聞くだけで、練習になります。紙もえんぴつも要りません。
もう一つおすすめしたいのが、テレビや看板で見かけた熟語の読みを一緒に考えてみることです。「初めて見る言葉を、知っている読みから推理する」という体験は、漢字ドリルではなかなか起こりません。当たっても外れても、辞典で確かめるところまでを一組にしてください。
なお、読みの数が多い字を前にして子どもが混乱しているときは、「全部覚えなくていい、出てきた言葉の分だけでいい」と伝えてあげてください。この単元は、完ぺきをめざすとかえって進まなくなります。