「善は急げ」は、よいと思ったらすぐやれ。「急がば回れ」は、急ぐときほど回り道をしろ。言っていることが正反対です。どちらかがうそなのでしょうか。じつはこのなぞが解けると、ことわざが何のためにあるのかが見えてきます。
物語や詩には、書いた人の名前があります。ところが、ことわざの横に作者の名前が書いてあるのを見たことがあるでしょうか。「転ばぬ先のつえ 作・山田さん」とは、どの本にも書いてありません。ことわざは、だれが言い出したか分からないまま、何百年も使われ続けてきた言葉なのです。
では、作者がいないのに、なぜこんなに形がととのっているのでしょう。「転ばぬ先のつえ」を見てください。書き表せばわずか七文字の中に、「転ぶ前に、ささえになる物を用意しておけば安心だ」という教えがぎゅっと入っています。これは、一人の天才が作ったからではありません。大ぜいの人が長い年月をかけて、言いやすい形にみがいてきたからです。
しくみは、こうです。昔の人が、暮らしの中で何かに気づく。「失敗する前にそなえた人は、助かることが多いなあ」。その気づきを、だれかが短い言葉にして口にする。聞いた人が「それ、本当だ」と思えば、別の人にも話します。本当だと思われなかった言葉や、言いにくい言葉は、そこで止まって消えていきます。つまり、今わたしたちが知っていることわざは、「なるほど」と思われ続けて生きのこった、選びぬかれた言葉だということです。言いかえれば、ことわざとは、昔の人の経験からとり出された知恵を、わすれにくい短い形につめたものなのです。
ことわざの勉強をすると、似た仲間が出てきてまぎらわしくなります。「ねこの手も借りたい」はことわざ? 「五十歩百歩」は? ここで一度、整理しておきましょう。
| 種類 | 中身 | 例 | 見分けのポイント |
|---|---|---|---|
| ことわざ | 生きるうえでの教えや知恵が、一つの文になっている | 急がば回れ/転ばぬ先のつえ | それだけで「教え」が完結している |
| 慣用句 | 二つ以上の言葉が組になって、特別な意味を表す言い回し | ねこの手も借りたい/頭をひねる | 文の部品。教えではなく「表現」 |
| 故事成語 | 中国の古い出来事(故事)から生まれた言葉 | 五十歩百歩/矛盾(むじゅん) | もとになった昔の話がある |
見分けるときは、「それ一つで教えになっているか」をたしかめます。「急がば回れ」は、聞いただけで「急ぐときこそ安全な道を選べ」という教えが伝わるので、ことわざです。「ねこの手も借りたい」は、「とてもいそがしい」という様子を表す部品であって、何かを教えてはいません。だから慣用句です。慣用句はこのあと4年生でくわしく勉強し、故事成語は5年生で出てきます。この三つは兄弟のようなものなので、今日の整理を覚えておくと、あとの学年の勉強がそのままつながります。
さて、最初のなぞにもどります。ことわざの世界には、正反対のペアがいくつもあります。
| こう言うことわざ | 逆を言うことわざ |
|---|---|
| 善は急げ(よいことはすぐ実行せよ) | 急がば回れ(急ぐときこそ、あぶない近道より確実な道を) |
| 三人寄れば文殊の知恵(みんなで考えればよい考えが出る) | 船頭多くして船山に上る(指図する人が多すぎると失敗する) |
| 好きこそものの上手なれ(好きなことは上達する) | 下手の横好き(好きでも下手なままのこともある) |
もしことわざが「いつでも正しい答え」なら、これはおかしなことです。正しい答えどうしが、ぶつかるはずはないからです。でも、こう考えてみてください。かさとぼうし、どちらが正しい持ち物でしょうか。──この質問には答えられません。雨の日ならかさ、晴れの日ならぼうし。正しさは天気で決まるからです。
ことわざも同じです。「善は急げ」は、チャンスがにげてしまいそうな場面の道具。「急がば回れ」は、あわてると失敗しそうな場面の道具。ことわざは答えの一覧表ではなく、場面に合わせて選ぶ道具箱なのです。反対のペアが両方生きのこっているのは、世の中に両方の場面が本当にあるという証拠であり、ことわざの欠点ではなく、道具箱である証拠だといえます。
だから、ことわざを使う力とは、たくさん暗記する力ではありません。今の場面はどちらの天気か、を見きわめる力です。友だちが文房具を買うかどうかで三十分もなやんでいたら「善は急げ」の場面。計算テストで答えを書きなぐって全部やり直しになっていたら「急がば回れ」の場面。場面が先、ことわざが後。この順番だけは覚えておいてください。
テストには、習っていないことわざも出てきます。でも、あわてなくて大丈夫です。ことわざの多くは、頭の中に一枚の絵をうかべられるように作られているからです。絵をうかべて、「この絵は何のたとえか」と考えると、意味が推理できます。
「猿も木から落ちる」でやってみましょう。まず絵をうかべます。木登りがだれよりも得意な猿が、枝からすべって落ちる絵です。次に、「わざわざ猿を選んだのはなぜか」と考えます。木登りの名人だからです。名人でさえ失敗する。つまりこれは、「どんな名人にも失敗はある」というたとえだと分かります。
同じ型のことわざに「弘法にも筆の誤り」(弘法大師=字の名人でさえ書きまちがえる)、「河童の川流れ」(泳ぎの名人の河童でさえおぼれる)があります。絵はちがうのに、③の「名人でさえ」の形がそっくりでしょう。だから三つとも、ほぼ同じ意味になるのです。
もう一つ、ちがう型も見てみましょう。「ぬかにくぎ」。やわらかいぬかに、くぎを打ちこむ絵です。くぎはささりますが、ぬかはやわらかいので、何の手ごたえもなく、何も固定できません。つまり「いくらやっても効き目がない」のたとえです。「のれんにうでおし」「二階から目薬」も、絵はまったく別なのに、「やっても効かない」という同じ意味にたどり着きます。初めて見ることわざに出会ったら、暗記した中から探すのではなく、絵をうかべて③の一言(でさえ・効かない・むだになる…)を探す。これがいちばん強い武器です。
ことわざには、使い方のマナーがあります。いちばん大事なのは、失敗をたとえることわざを、失敗した本人に向けて言わないことです。
たとえば、習字の先生が清書でまちがえたとします。そこで「弘法にも筆の誤りですね!」と言ったらどうでしょう。ことわざの意味としては合っています。でも、言われた先生は、目の前で自分の失敗を言葉にされたことになります。ことわざは短くて強い言葉なので、人に向けると、思った以上にするどくささります。自分の失敗に「猿も木から落ちるって言うし、次はがんばろう」と使うのはよいのです。自分に向ければなぐさめ、人に向ければ悪口──同じことわざでも、向きで働きが変わることを覚えておいてください。
調べるときは、国語辞典が使えます。ことわざは「ころばぬさきのつえ」のように、最初の言葉の場所に見出しとしてのっていることが多く、学校の図書室にはことわざ辞典という専用の辞典もあります。意味だけでなく「使い方」の例文ものっているので、向きをまちがえそうなときほど、辞典で例文をたしかめるのが安全です。
「情けは人のためならず」を、「親切にするのはその人のためにならない(から、しないほうがいい)」と読んでしまう人がとても多いのですが、本当の意味は逆です。人に親切にしておけば、それはめぐりめぐって自分にもどってくる。だから人のためではなく、自分のためにもなる──親切をすすめることわざです。「ならず」は「〜のためでは、ない」という古い言い方で、「ためにならない」とは別の形です。古い言葉の形は、6年生の古典の勉強でくわしく出てきます。
このことわざは、もともと「出歩くと、棒でたたかれるような災難にあうこともある」という意味でした。ところが後の時代に、「出歩けば、思いがけない幸運に出会うこともある」という逆の使い方が生まれ、今では辞典に両方の意味がのっています。ことわざは作者のいない生きた言葉なので、使う人たちが変われば、意味も少しずつ動くのです。テストでは前後の文から、災難の話か幸運の話かを読み取って選びます。
冷たい石でも、三年すわり続ければ温まる──だから「がまんして続ければ、いつか実を結ぶ」。このことわざの「三年」を、きっちり三年間と読む必要はありません。ことわざの中の数は、「長い間」「たくさん」を表す飾りのことが多いのです。「三人寄れば文殊の知恵」の三人も、ちょうど三人ではなく「何人かで」という意味です。数が出てきたら、算数の数ではなく、たとえの数かもしれないと疑ってみてください。
習っていないことわざを三つ出します。絵をうかべて、意味を推理してから答えを見てください。
問1「馬の耳に念仏」。馬の耳もとで、ありがたいお経をとなえている絵です。馬はどうするでしょうか。
答え: 馬にはお経のありがたさが分からないので、聞き流すだけです。つまり「いくら立派なことを言っても、聞く気のない相手には伝わらない」。ぬかにくぎと同じ、「効かない」型です。
問2「ちりも積もれば山となる」。ほこりのような小さなちりが、長い時間をかけて積み上がっていく絵です。
答え: 「小さなものでも、積み重なれば大きなものになる」。一日十円のちょ金も、一日一問の計算練習も、この型です。よい方にも悪い方にも使えます。
問3「二兎を追う者は一兎をも得ず」。二羽のうさぎ(兎)を同時に追いかけている人の絵です。うさぎは別々の方向へにげます。
答え: 両方追えば両方にげられる。「二つのことを一度にねらうと、どちらも手に入らない」です。反対側の道具として「一石二鳥」(一つの石で二羽の鳥を落とす=一つの行動で二つの得)もあります。ここでも、どちらが正しいかではなく、場面がどちらかで選びます。
ことわざの単元は、覚えた数をきそう勉強に見えて、本当は「昔の人の知恵の使い方」を学ぶ勉強です。道具箱から場面に合う一本を選べたとき、何百年前のだれかの経験が、今日のあなたの味方になります。
ことわざ学習は一問一答の暗記になりがちですが、本記事では「反対の意味のペアが共存する」という事実を入り口に、ことわざを状況判断の道具として捉え直しています。ご家庭では、正反対のペア(善は急げ/急がば回れ など)を並べて「今日のあれはどっちの場面だった?」と生活の出来事に当てはめてみてください。意味を言わせるより、場面を選ばせるほうが、使える知識として定着します。
また、お子さんが初めてのことわざに出会ったときは、意味をすぐ教えず「どんな絵がうかぶ?」と一度聞いてみてください。本文の推理の型(絵→主役→「でさえ」)は、辞典を引く前のひと呼吸として機能します。推理が外れていても、辞典で答え合わせをするところまでを一組にすると、国語辞典の単元の復習にもなります。