豆を まく、たんざくを かける、おもちを 食べる。やった ことは あっても、理由を 知らない ── そこを 調べる 単元です。
日本には、季節ごとに たくさんの 行事が あります。
| 時き | 行事 | する こと |
|---|---|---|
| 1月1日 | お正月 | おせち、もち、年賀じょう、お年玉 |
| 2月3日ごろ | 節分 | 豆まき、恵方まき、ひいらぎ |
| 3月3日 | ひなまつり | ひな人形、ちらしずし、ひしもち |
| 5月5日 | こどもの日 | こいのぼり、かぶと、かしわもち |
| 7月7日 | 七夕 | たんざく、ささかざり |
| 8月ごろ | お盆 | おはかまいり、ぼんおどり |
| 9月ごろ | お月見 | だんご、すすき |
| 12月31日 | 大みそか | 年こしそば、おおそうじ |
この 表を 見て、気づく ことが あります。数字が そろって いる ものが 多い。
3月3日、5月5日、7月7日 ── ぜんぶ 同じ 数字が ならんで います。これは ぐうぜんでは ありません。むかしの 中国では、同じ 数が かさなる 日は とくべつな 日 だと 考えられて いました。
子どもに この 話を すると、たいてい おどろきます。行事の 日づけには 理由が ある ── ここから 調べる 気もちが 生まれます。
いちばん 身近で、いちばん ふしぎな 行事かも しれません。
節分 とは「季節を 分ける」と いう 意味です。冬と 春の 分かれ目に あたる 日で、むかしは この 日が 1年の 終わり と 考えられて いました。
季節の 変わり目は、体調を くずしやすい 時き です。むかしの 人は、それを 「鬼(悪い もの)が やって くる から」 と 考えました。
そこで、鬼を おいはらう ために 豆を まきます。
また、豆を 年の 数だけ 食べる のは、1年 元気で いられるように という 願いです。
そして ひいらぎと いわしの 頭 を 玄関に かざる 地いきも あります。ひいらぎの とげと いわしの においで 鬼が 近よらない、と いう 考えです。
ここで 大事なのは、本当に 鬼が いるかどうか では ない ことです。むかしの 人は、病気や 災害を「鬼」と いう 形で イメージした。目に 見えない こわい ものに 名前を つけ、追いはらう 行動を する ことで、安心を 得て いたのです。
七夕は、2つの 話が 合わさった 行事です。
中国から 伝わった 話です。はたおりが 上手な おりひめと、牛かいの ひこぼしが 結こんしたら、2人とも 仕事を しなく なった。おこった 神様が 2人を 引きはなし、年に 1回、7月7日だけ 会える ことに した ── という 話です。
おりひめが はたおりの 名人だった ことから、「手仕事が 上手に なりますように」 と 願う 行事が 生まれました。
だから、もともと 七夕の 願いごとは 「うまく なりたい」 という ものでした。「お金もちに なりたい」より「字が うまく なりたい」の ほうが、本来の 形に 近いのです。
そして たんざく に 書くのも 理由が あります。むかしは 紙が 高かったので、字を 書く ことは とくべつでした。紙に 願いを 書く こと じたいが、心を こめた 行い だったのです。
ささに かけるのは、ささが まっすぐ 天に むかって のびる から。願いが 空へ とどく ように、と いう 願いが こめられて います。
いろいろな 行事を 調べて いくと、共通点 が 見えて きます。
| 共通する もの | れい |
|---|---|
| 健こうを 願う | 節分の 豆、こどもの日の しょうぶ湯、お月見 |
| 成長を 願う | ひなまつり、こどもの日、七五三 |
| 実りに 感しゃ | お月見、しゅうかく祭 |
| ごせんぞを 大切に | お盆、お正月 |
| とくべつな 食べもの | ほとんど すべての 行事 |
とくに 食べもの は、どの 行事にも あります。おせち、ちらしずし、かしわもち、そば、だんご。
なぜでしょうか。むかしは ふだん 食べられない ものが あった からです。行事の 日だけ、ごちそうを 食べる。それが 楽しみで あり、区切りでも ありました。
そして、食べものにも 意味が こめられて います。
ほとんどが ことばあそび か 形の 意味 です。国語で ならった ことばあそびが、ここでも 出て きます。
行事の やりかたは、地いきに よって かなり ちがいます。
これは とても おもしろい 発見です。「あたりまえ」が、じつは あたりまえでは なかった。
クラスで 聞いて みると、家に よって ちがう ことが 分かります。「うちは 丸もち」「うちは 角もち」。どちらが 正しい わけでも ありません。
また、行事を やらない 家 も あります。宗教や 家の 考えかた、いそがしさ。それも まったく 問題では ありません。
この 単元は、「みんな 同じ ように やる べきだ」と 教える ものでは ない ことに 注いが 必要です。いろいろな やりかたが ある と 知る のが ねらいです。
「うちは やって いない」と 言いにくく 感じる 子が います。
この 単元では 「やって いない」も ふつうの こと と はっきり 伝えます。調べる 対しょうは 自分の 家だけでは ありません。地いき、テレビ、本、おじいちゃんおばあちゃんの 話 ── 調べかたは いろいろ あります。
豆まきを して 終わり。
「どうして 豆を まくんだろう?」 と 一言 聞きます。答えを 知らなくて かまいません。ふしぎに 思う ことが 出発点 です。
「節分は 季節の 分かれ目です」と 暗記して 終わる。
それより、「なぜ そう したのか、むかしの 人の 気もちを 考える」 ほうが 大事です。「病気が こわかったんだね」「元気で いて ほしかったんだね」。人の 気もちに つなげる と、記おくにも 残ります。
Q1 3月3日、5月5日、7月7日。共通して いる ことは 何ですか。
A 同じ 数字が ならんで いる。むかしは とくべつな 日と 考えられて いました。
Q2 節分に 豆を まくのは、なぜですか。
A 「まめ」=「魔を 滅する」の ことばあそび。悪い ものを おいはらう ためです。
Q3 自分の 家で して いる 行事を 1つ 選び、家の 人に 由来を 聞いて みましょう。
A 家の 人も 知らない ことが あります。その ときは いっしょに 調べると、もっと おもしろく なります。
この単元では、家庭の行事について聞かれることがあります。豪華にやる必要はまったくありません。「うちは豆まきだけ」「特に何もしない」──それも立派な回答です。
もし機会があれば、行事の日に「これ、なんでやるんだと思う?」と聞いてみてください。答えを知らなくても構いません。一緒に調べると、親子で新しい発見があります。
また、おじいちゃん・おばあちゃんに聞くと、今とは違うやり方が出てくることがあります。「昔はこうだった」という話は、3年生の社会科「市のうつりかわり」につながる貴重な情報です。
地域による違いも面白い話題です。ご家族の出身地が違う場合、お雑煮ひとつとっても違いがあるはずです。それを話題にするだけで、この単元の学びは十分に深まります。