2年 国語 主語とじゅつ語

主語と じゅつ語 ── 「だれが」「どうする」で 文の ほねぐみが 見える

「きのう 公園で 弟と いっしょに 大きな 犬を 見ました。」── 長い 文ですが、いちばん いいたい ことは たった 2つ。だれが、どうしたか。この 2つを 見つける 力が つくと、長い 文も こわく なくなります。

文には 「ほねぐみ」が ある

人の 体には ほねが あります。ほねが あるから、立てるし、走れる。文にも おなじように ほねぐみ が あります。それが 主語じゅつ語 です。

「犬が ほえる。」なら、主語は「犬が」、じゅつ語は「ほえる」。たったの 2つで、もう 立ぱな 文です。ここに いろいろな ことばを くっつけて いくと、長い 文に なって いきます。

ぎゃくに いうと、どんなに 長い 文でも、とちゅうの ことばを ぜんぶ とりのぞくと、主語と じゅつ語だけが のこる のです。さいしょの 文で ためして みましょう。「きのう」「公園で」「弟と いっしょに」「大きな」を けすと ── 「(わたしは) 犬を 見ました。」 これが ほねぐみです。

じゅつ語は 3しゅるい ある

「どうする」だけが じゅつ語では ありません。じつは 3つの タイプが あります。

タイプれいじゅつ語
どうする(うごき)妹が 走る。走る
どんなだ(ようす)空が 青い。青い
何だ(なかま・名前)父は 先生だ。先生だ

この 3つを 知って おくと、「うごきの ことばが ないから じゅつ語も ない」と まちがえずに すみます。「山が 高い。」も「これは 本だ。」も、ちゃんと 主語と じゅつ語が そろった 文です。

見つけかたの コツは、じゅつ語から さきに さがす こと。日本語の じゅつ語は、ほとんど 文の いちばん おしまい に あります。まず 文の おわりを 見て、それから「では、それを したのは だれ?」と さかのぼる。この じゅんばんが いちばん たしかです。

主語は 「が」だけとは かぎらない

主語は「〜が」の 形が おおいですが、じつは いろいろな 形に なります。

ぜんぶ「ねむる」のは ねこです。だから ぜんぶ 主語。「が」だけを さがして いると 見のがして しまいます。「ねむるのは だれ?」と 声に 出して たずねる のが、いちばん たしかな 見つけかたです。

そして、日本語には ふしぎな くせが あります。主語が 書かれて いない 文が とても おおい のです。「おはよう。今日も いい 天気だね。学校に 行こう。」── どこにも「わたしは」が ありません。それでも つうじる。日本語では、分かりきって いる 主語は どんどん はぶくのです。

これは 英語と 大きく ちがう ところです。英語では I や He を はぶけません。だから、日本語の 文を 読む ときは「かくれた 主語は だれかな」と 考える しゅうかんが 役に 立ちます。物語を 読んで いて「あれ、これは だれの 気もち?」と まよったら、たいてい かくれた 主語が げんいんです。

ほねが ずれる 「ねじれた 文」

作文で いちばん おおい しっぱいが、主語と じゅつ語が かみ合わない 文 です。「ねじれた 文」と いいます。

× 「ぼくの ゆめは、けいさつかんに なりたいです。」

どこが へんでしょう。ほねぐみだけ とり出すと ──「ゆめは なりたいです」。ゆめは なりたがりません。なりたいのは ぼくです。だから、こう なおします。

もう 1つ。× 「わたしが 思った ことは、うんどう会は 楽しかったです。」 → ほねは「ことは 楽しかったです」。ずれて います。○ 「わたしが 思った ことは、うんどう会は 楽しかった と いう ことです。」

見なおしの やりかたは かんたんです。書きおわった 文の、まん中を 手で かくして、はしと はしだけを 読む。「ゆめは……なりたいです」と 読んで、へんだと 感じたら なおす。それだけで、作文は ぐっと 読みやすく なります。

長い 文を こわがらない ために

教科書の 説明文には、こんな 長い 文が 出て きます。

「森の 中で しずかに くらして いる たぬきは、夜に なると えさを さがしに 出かけます。」

長く 見えますが、おわりから さがすと じゅつ語は「出かけます」。では 出かけるのは だれ? ──「たぬきは」。ほねぐみは 「たぬきは 出かけます」。たったの これだけです。のこりの ことばは、どんな たぬきか(森の 中で しずかに くらして いる)、いつ・何しに(夜に なると・えさを さがしに)を くわしく して いる おまけの ぶぶんです。

この やりかたを おぼえると、テストの 読みとりが 楽に なります。「たぬきは いつ 出かけますか」と 聞かれたら、ほねの まわりに くっついて いる「夜に なると」が すぐ 見つかります。ほねを 見つけて から、まわりを 見る。この じゅんばんです。

3年生に なると「くわしく する ことば(しゅうしょく語)」を ならいます。それは、この ほねに くっつく おまけの ぶぶんの ことです。だから、2年生の うちに ほねを 見つける 力を つけて おくと、そのまま つぎに つながります。

ふたりで できる 「ほねさがし」あそび

力を つける いちばんの ちかみちは、たくさん 見つける ことです。おうちの 人や 友だちと できる、かんたんな あそびを しょうかいします。

その1・カード合わせ 小さな 紙を 何まいか 用意します。半分には 主語(「先生が」「わたしの ねこが」「うんどう場の 水たまりが」)、もう 半分には じゅつ語(「わらった」「ジャンプした」「光って いた」)を 書きます。うらがえして まぜて、1まいずつ ひいて つなげます。「うんどう場の 水たまりが ジャンプした。」── へんな 文が できて わらえますが、へんだと 分かる こと じたいが、ほねぐみを つかめて いる しょうこ です。

その2・のばし合戦 まず「犬が 走る。」と いう みじかい 文から はじめます。じゅんばんに、ことばを 1つずつ たして いきます。「白い 犬が 走る。」→「白い 犬が 公園を 走る。」→「朝、白い 犬が 公園を 走る。」 どこまで のばしても、ほねの「犬が 走る」は かわらない。ここが たいせつな ところです。長い 文が こわく なくなるのは、この かんかくが 体に 入った ときです。

その3・おわりから 読む 教科書の 音読の あと、さいごの 一文だけを もう 一度 見ます。文の おしまいの ことばに 丸を つけて、「これを したのは だれ?」と 声に 出す。1日 1文で じゅうぶんです。1しゅうかん つづけると、テストの 文章でも しぜんに ほねを さがす ように なります。

大切なのは、正しく できる ことより、まず たくさん 声に 出す こと。主語と じゅつ語は 記おくする ものでは なく、なんども つかって 体に なじませる ものです。

まとめ

おうちの方へ

主語・述語の指導は2年生で始まりますが、つまずくのは「主語=が」と機械的に覚えてしまうケースです。「は・も・だけ」でも主語になること、そして日本語では主語がしばしば省略されることを、例文で確かめておくと後々効きます。
家庭でできるのは、音読のあとの一問だけです。「今の文、だれが どうしたの?」と聞いてみてください。答えられれば、文の骨組みをつかめています。
また「ねじれ文」は大人の文章でも頻出する誤りです。作文の見直しでは、修飾部を指で隠して主語と述語だけを声に出して読む方法が有効です。「夢は……なりたいです」と読んだ瞬間、子ども自身が違和感に気づきます。添削で赤を入れるより、自分で気づけたときのほうが定着します。